みなさんお久しぶりです。
って、もう更新をチェックしてくれてる人もいなくなっちゃったかもしれませんが。
子どもが生まれて以来無我夢中で子育てをして来て、
ようやく心に余裕も出て来ました。
twitterではたまにつぶやいたりしてますが、
子育て、思ってた以上に、素晴らしい。楽しい!すっごいしあわせです。
大変だ大変だと聞いてたので、
確かに大変ではありますが、
大変さとは比べモノにもならないくらいたくさんの幸せを、毎日娘からもらってます。
息をしている音、空をつかむように動いている小さな手、ぎゅっと目をつぶって泣く寸前の眉間のしわ。
そんなものを見たり聞いたりしていると、
胸がせつなくキュン!となって、まるで恋をしている時のよう。
こんなに無条件にいとおしい存在がかつてあったんだろうか?って感じです。
ダンナとの関係も、生まれたあと数週は、
私に余裕がなく、いろいろな環境の変化で、
ちょっとだけトゲトゲしましたが、
いまは元通り、それ以上に、うまく行ってます。
っていうか、愛情いっぱい感じてます。
子どもが生まれると夫への愛が薄れるとか、
ぶっちゃけ嫌いになる、触りたくもなくなる、なんて話もよく聞きますが、
うちは幸い、そんなことはまったくなく。
娘を真ん中に置いて、3人でベッドでごろんとしている時なんかは、
この人といっしょに家族になれて本当によかったなーってしみじみしちゃいます。
子どもが結婚生活のすべてではないと思うし、
これからがものすごーい大変なんだと思うんだけど。
今はとりあえず、ものすごい幸せで。
子どもできてよかったなー。
生まれてきてくれてうれしいなー。
と素直に思う。
なんだろうな。
この、
胸に抱きしめるいとおしいと思う気持ちや、
夫と二人で小さな命を守って生きている感じは。
何とも表現が難しいんですが。
こんな経験ができたこと、
運命に感謝してる。
もっと若いうちに産んでおきたかったとも思うけど、
それでも今のダンナに出会えたのは、
やっぱりこの歳になってからだと思うし。あんばって
他の誰とでも良かったわけじゃないので。
ちょっと年とってることが心配ですが。
その分、
若いママにはない、大人の余裕をかまして、(実際、まったく産後鬱なんかも無縁ですw)
がんばって行きたいと思います。
今年の後半には、仕事にも復帰しますし、
これからが本番なんだけど。
とりあえず、いまの心境を。
もう少し落ちついたら、
またブログも再開します。
それまで皆さんの恋が
素晴らしいものでありますように!
ブログ
-
子育て中
-
産まれました!
すみません、
ちゃんとブログでご報告を書くべきところなんですが、
あまりに時間がなくて。
先日、第一子を無事出産しました!
母子ともに健康です。
つきましては、
しばらくブログをお休みします。
お休みしている間も、
マイナビウーマンの恋愛相談の連載は続きます。
(原稿をすでに入稿済みなので)
そちらのほうをお楽しみくださいませ。
なお、ブログ休止に伴い、
アメンバー申請をしばらくストップします。
現在いただいている申請は、時間ができたところで処理しますが、
新規申請は受け付けておりませんので、
ご了承ください。
いろいろ書きたいこと、伝えたいことはあるんですが。
ん~~~時間がないです。
しばらく、子ども最優先でがんばります。
皆様にもたくさんのしあわせが訪れますように!
恋愛部長 -
恋愛相談の連載始まります♪
facebookページのほうで、ちょろっと触れてましたが、
この12月から、
新たな恋愛部長活動が始まります。
マイナビウーマンというサイトで、
恋愛相談のコーナーを受け持つことになりました!
第1回目は、12月20日!
もうすぐですね~。
マイナビの読者の皆さんから
ホントにたーくさんの相談が寄せられて、
その中から、みんなに関係がありそうなものを
選ばせていただいてます。
コイバラの読者の皆さんにはおなじみの法則から、
マイナビだけでのオリジナルエピソードまで、
結構読みごたえのある分量で書かせていただきます。
今後また、恋愛相談の内容を追加募集するそうなので、
ご相談ごとのある方は、この機会にぜひそちらもチェックしてくださいね♪
相談コーナーのページへの直リンは、
連載開始時にまた張りますので、
どうぞお楽しみに。
私も原稿がんばるよッ!
追記)
今日から連載スタートしました

よろしくおねがいしまーす
-
結婚適齢期はいつなのか?
私、恋愛部長はご存じのとおり、40歳で初めて結婚したわけですが。
世間一般には、適齢期って相変わらず25歳とかなんでしょうか?
それとももう少し上がって28歳くらい?どちらにせよ、
相変わらず、結婚適齢期っていう言葉に、
無駄にビクビクさせられてる女子は多いと思いますが。私は、キャリア系で突っ走って来た女性として言いたい。
25歳なんて、キャリアの超出だし。駆け出し。
たんなるペーペー。
そんな歳で結婚しなきゃいけなくて、
しかも結婚したら数年以内に子供作って、
いきなり子育て人生に入れってのは、
あまりにキャリア的には不利。やっぱりなんだかんだで、
子供がいても、男性と同じようにバリバリ仕事するのは無理だし。
どうしても心が二分されてしまうのだから、
20代で子供を産む気にならない、
よって→結婚する気にならない。
というのは、すごく自然な発想だと思う。なのに、周囲からのプレッシャーで、
20代で結婚することが大命題みたいに言われるのは
ホント、なんだかなーって思う。私自身、
30代を目前にしたころに、
当時付き合ってた彼氏が結婚したがってた&子供ほしがってたんだけど、
内心「冗談じゃねーよ、こっちのキャリアはどうなんだよ!?」って思ってた。
今ここで、大事な1年なり2年を棒に振って、
その先どうすんだよ?と。自分の生活もままならない位、
部屋の中もしっちゃかめっちゃかな位忙しくて。
とてもじゃないけど、結婚なんて無理だった。
あの当時は。はっきり言って、
そのあと35過ぎるまでは、結婚は絶対私には無理だと思ってた。
仕事が忙しすぎるし、
生活を整えて、誰かの分まで面倒みるっていう、余裕というか、余地がなかった。
精神的にも成熟してなかったからだと思う。何かが満たされてなくて、
いつも自分の境遇が不満で。
まだ何も達成できてない、
まだどこへもたどりつけてない、という
焦りばかりが毎日あった。結婚してもいいかもと思ったのは、
30代も後半に入ってからで、
それでも子供は無理、と思ってた。
まだどこかで、自分の仕事上での足かせになることに不安があったし、
なにしろ自分が誰か一人産んで育てるなんて想像もつかなかった。40も近くなって、
ようやくのようやく、
ものの見方に変化が現れた。
もう十分やりたいことはトライしたし、
留学もした、旅にも行った、趣味も充実してる。
仕事もがんばれるだけがんばった。
生活は安定し、
その中に幸せを見出すともできるようになった。
何もかもが、満たされ、
あるところでは、あきらめもつき、
もうこれ以上、ガリガリやり続ける人生では行けない、と思った時。私はようやく、
結婚して、子供をつくりたいという
強い衝動にかられた。
遅いけど。何が言いたいかというと、
私の結婚適齢期はだから、今だったんだなと。
ここまですべてが納得がいき、
今ならもう心置きなく、というところに達して、
誰かと生きて行く覚悟が決まったその時が、
私にとっては結婚適齢期だったんじゃないか、と。何度も言うけど、
ものすっっっごく、遅いけどね。(;´Д`)でも、私は今こういう自分が結婚できてよかったなぁと思うし、
そうじゃなかったら、
30歳で当時の彼氏と結婚してたら、
絶対いろんなことで後悔したり、
逆恨みっぽいことやひがみなんかもあったと思う。
いや、分からないけどね。
案外さくっと子育てして、普通のお母さんとして生きてたかも。
仕事なんかもうすっかり後退して、
子供中心の人生を幸せにおくってたかも。いや、だけど。
あのときの自分を何度くりかえしても、
私が私である限り、
たぶん、それで満足したとは思えないし、
結婚するという決断は下せなかったと思う。
そんな勇気なかったし、
決断するには、あまりに自分に自信がなさすぎた。だからさ、
思うんだけど。人には人それぞれの結婚適齢期があっていんじゃない?って。
人によっては、結婚することで開ける新しい人生というのもあって、
ダンナさんに尽くすことで、
幸福になれる人もいる。
そういう人にとっての適齢期は早いほうがいいんだと思う。でも、もしもまだまだ仕事したいな、
自分の力はこんなもんじゃない。
今が正念場、って思ってるんだとして、
ただ単に周りからのプレッシャーだけで、
意に沿わぬ結婚を考えちゃったりしてる人がいるんだとしたら、
そんな、「結婚のための結婚」なんか、
絶対しないほうがいいよって、おせっかいなことを思う。何が婚活だ。
何が年齢で市場が狭くなる、だ。そんな、機械的なシステムに乗って、
気の乗らない人と条件だけで結婚したりするから、
自分の人生がそこで収縮して、
どこへも行けない人になっちゃうんだ。不倫だなんだ、ダンナがウザくて嫌いだなんだ、
でも子供のため、生活のために別れられないだなんて。
そんなのって、
自分が選んでなくて、
周りに乗せられて結婚しなきゃとおもって
結婚したからなんじゃない?自分はしたくなかったのに、
しなきゃいけないから、
子供つくったほうがいいから、
そういう発想で結婚出産すれば、
文句も言いたくなるでしょうけど。普通は、自分が選んで自分が好きで結婚した人、
子供産んだ人でしょ。
そんなに悪く思えないし、(ちゅうかまずは選んだ自分を反省するよね)
間違いだったので修正するために離婚するならともかく、
離婚もせずに文句だけ言ってるなんて、
すべてが他人任せなんだな~って思う。自分で自分の人生を決断するという覚悟でいれば、
たとえ結婚が失敗で、
自分の見る目がなくて、とんでもないダンナをつかまえたり、
もしくは愛情が冷めていっしょにいたくなくなったとしても、
その時の最良の決断をすぐ下せると思う。関係をもとに戻す努力をするのもあり。
話し合いをして相手に歩み寄ってもらうもあり。
関係を解消するのもあり。自分さえ、自分の本当に求めているものを把握していればね。
たぶんそれが分からないから、みんな悩むし、
立ち止まるし、硬直して思考停止しちゃうんだよね。
何が人生で大事なのか?
何を犠牲にするとどうなるのか?私は私なりに考えがあって、優先順位もある。
私は、
自分が幸福でないなら、周りも幸福になんかできないと思ってる。
まずは自分が幸福であること。
幸福を感じられるように努力していること。
それだけは犠牲にすべきではないと思う。
誰かを恨まないためにも。
たぶん他人のせいにするのが嫌なんだと思う。いや、もちろん私も弱いので、たまには、誰かのせいだと思うこともあるけど、
それでも、なるべくなら、
自分の人生を、誰かのせいで不幸せにされたとか
犠牲にしていると思いたくないんだな。誰かのせいにして恨んでいると、すごくそこにとらわれて、
不幸な気分になる。憎しみは、すごく苦しい。
それなら、
自分が決断を誤っただけで、修正すればいいって思ったほうが楽。
ここから変えていけばいいって思ったほうが楽。何事にも、
遅すぎることなんてないし、
自分さえ納得していれば、
どんな時間にも意味があると思える。私は婚期むっちゃ遅れたけど、
やっぱり今のタイミングで最高だと思えるし、
そうでなければひとまわりも年下のダンナなんかとは出会ってないし、好きにもなってないです。(爆)
まぁ私は極端な例なのであまり参考にはなりませんけど、(;´Д`)それでも、
一人ひとりのライフプランがあるでしょ。
その中で。いつが自分にとっての結婚適齢期になるのか、
考えてもいいかなって思う。子供産むにはもちろんリミットがある。
それだけは忘れないでいてほしいけど、
それも含めてのライフプラン。
たとえば、33までに、このポジションに行けるまで死ぬ気で働いて、
そのころまでに結婚相手を見つけておいて、
35までに子供を産んで、36歳で復帰したい!とかね。
ぼんやりとでもいいから、
自分の心の声と相談して、
(あまりに無茶なスケジュールは立てても無駄だよ)
その都度のライフステージで書き替えて行く。私も、最近だいぶライフプランを書き替えました。
それでいいんじゃないかなと思う。人の気持ちは変わるものですから。
でも変わらないものもあるよ。
自分のコアの部分はね。
私はやっぱりまだ仕事を続けて行く夢があるし、
なりたいものもいっぱいある。
したいこともいっぱいある。
それがしばらくの間ほんの少し、阻害されるけど、
今はそれもひとつの試練、
先へ行くための大事なステップだと思ってる。今、私の身に降りかかったこの幸福は、
何にも代えがたいし、
そう思えてよかった。
恨みに思ったり、重荷に思ったりすることなく、
この幸運を、喜べてよかった。
そういう境地になるには、
私の場合、40年もかかったということなんだと思う。まぁ何が言いたかったかというと、
適齢期っていうものに振り回されないで、
自分で納得が言った時が適齢期だと思えばいいじゃん?って。
いくつになっても結婚適齢期は訪れるよ。それを、勝手に自分であきらめて、
もう35だから無理とか、40過ぎたからダメとか、
絶望しちゃうの、もったいないよ。
自分を卑下するのももったいないよ。いくつになっても、
人生でいまが一番若いんだからさ!神様は、
本当に必要な時に、必要なものを用意してくれているんだなって
いまは心から思います。いま、
この身に宿ってくれた新しい命のために、
わざわざ好き好んで私なんかを選んで
生まれてきてくれる子供のために。
これからの人生をもっともっと幸福に生きなければ、
と思っています。 -
不倫はやめたほうがいいよ、の理由
いや~ちょっとカゼこじらせて会社休んで寝てたんで、
その間、ついついスマホでアメーバ見ちゃってさ。
最近ガールズトークっちゅうページがあるじゃないですか。
ついのぞいちゃうんだけど、
のけぞるね。びっくりするね。私もうおばさんなのかなー。ついてけない・・・(;´Д`)
何がって、不倫を告白するものが多い!多すぎる!どうなってんだよこれ!
不倫も、男性が既婚の場合以外に、
自分が既婚のケースも多いのね。。
いやーおどろくわ。で、ちょっと考え込んじゃったのね。
そこにスレ立ててる皆さんも、
コメントしてる皆さんも、
なんか議論がすれ違ってるよなーって。なんかさ、不倫してる人に、
「子供がかわいそう」とか「ダンナにひどいことしてる」とか説教しても無駄だし、
「あんたはサイテー」とか脅しても無駄だと思うんだな。それやってる人は、抜けたくても抜けられない状態なんだと思うし。
どうしようもない状態にはまってるってことだよね。
恋の執着ってやつ。しかも、たちが悪いのは、
普通の恋のようなリトマス試験紙がない分、
自分で終わらせるか、周りにばれて最悪の結末になるかしか
ないってこと。私が何度も不倫はやめとけ~って言うのは、
この、普通の恋ではあるリトマス試験紙、
「相手が自分に本気かどうか」を見極める簡単な方法が、
まったく通用しないからなんだよね。すなわち、
もし不倫でなければ、
本気のつきあいなら、それなりの行動に出ますよね。
時間をとって会うとか、友達に紹介するとか、
いずれは結婚話が出るとか。
結婚て、やっぱ一大決心だと思うわけです。なにしろ家族になって、自分の財産やらなにやらシェアする関係なんだし。
それを相手に対して責任ぜんぶ持つよってくらい、
好きっていうことはわかりやすい「行動」になるよね。そういう本気試験紙は、
不倫の場合一切通用しません。それどころか、その人の人間性すら信用する基準がなくなってしまう。
奥さんをだましている時点で、
少なくと1人に嘘をついて平気な人ってことでしょ?
その人の言うことを信用できるかって言われても、困る。
こっちに対してだって、どこかで嘘をついてるかもね。そりゃ、だれだって、大なり小なり嘘をつくものですが、
不倫の場合は、そのレベルが違いすぎる。
誠実か不誠実かで言ったら、そりゃ不誠実な人ってことです。
どんな理由があるにせよね。いっそ遊びと向こうが割り切ってるのが分かればいいですが、
向こうがなまじ本気っぽいから、みんな惑わせられるんだよね。
そんでもって、最悪の事態に陥って、
男の本性が分かってから、大体泣くのは女性のほうだから。既婚者の不倫女性も同じだと思う。
女性サイドは、「ダンナにはない安らぎ」「癒し」とか恋愛感情を必死に言うんだけど、
相手の男性がどう思ってるか考えると、、、、男の人の本質を考えれば、
結婚してるのにほかの男と寝る女なんて、本命にするわけない。
だとすればそれは一時の情事と割り切ってるから、
甘い言葉も吐けるんだと。
責任を取る心配がないから、悠々と恋を語ってられるわけだし、やさしくもできる。本当の人と人の恋のやりとりは、
もっとエゴとエゴのぶつかり合いだと私は思う。
もっと会いたい、もっと愛してほしい、もっと独占したい、
もっと自分の自由がほしい。でも相手を自由にはしたくない。
そういう、自分のエゴと相手への想いが交錯し、
その中でそれでも相手への思いやりや、愛情や、自分をコントロールする理性で
関係を構築していく、真剣勝負。そんなどろどろしたものをすべて避けて、
夫にはない、彼氏にはない、ふわふわした恋の上澄みだけなのに、
そこに禁止されているが故の不自由さが加わって、
真実の恋のようにコーティングされてしまう。
それが不倫の恋の正体だと思う。やっぱり、お互いに責任をとりたい、
という本気の本気がない関係は、
どこまで行っても、どこへも行けない。
と私は思います。とはいえ、不倫でも、いろいろあるし、
最後に責任とって結婚するケースだけは別だと思うのね。
そればっかりは、人間ですから、
順番間違えただけであとから誠意を持って対処するのは有りだと思う。でもなー、
結婚する気はない、相手の家族を壊す気はないっていう人もいるじゃない?
それって、要するに、
情欲、もしくは孤独を慰めるための一時的な応急処置でしかないんだよな~。。いやまぁ、別に責める気持ちはないです。
それを選んだ人の人生はその人のもの。
誰がなんと言おうと、
その人はその人の想いを全うするでしょうし、
後悔したってその人の人生です。それはご当人が一番分かってると思うしね。
すべて分かった上で、そういったことを選び取ってる人もいるでしょう。でも、もしも、そこまでの覚悟もなく、
ついうっかりで不倫に手を染めようというなら、
ちょっと待って!と言いたくなる。不倫をすると、不倫臭がつくよ。
不幸な立場に置かれる自分から、
不幸なにおいが立ち上るよ。
卑屈な気持ちになるし、
悲しい女の顔が、にじみ出るようになる。不倫は、さっきも書いたように、
相手を心の底から信用することが最初から許されない、と言うところが
最大の不幸だと私は思う。愛してる人は信じたいですよ。
その人の人格を信じて、ああ、愛して良かった愛されて良かったと、
実感するのが、幸せだと思う。それがなく、
つねに不安定で、
相手からも一番の処遇を受けられない。
隠れていなければ後ろ指指される関係。
そんなみじめな自分を、
どこかでみんな分かってる。ただでさえ、恋愛で不安定になるのは女性です。
普通の彼氏相手にも、疑心暗鬼で不安に振り回される、
信じたくても信じられない生き物が女性です。
それなのに、不倫なんかしたらますます不安定になるだけ。
不安、卑屈な想いから、どんどんモテないオーラが出てきて、
定着しちゃうよ!執着は、終わりがない故に解きがたく、
相手の誠意も期待できないから、底なし沼のようだと思う。
その執着を、自分で断ち切ることがどんなに難しいか。
まるで麻薬にはまるようなものなんじゃないのかな?
(私は不倫も麻薬もやったことないけどさ)女子の皆さんは、
自分の恋への執着を甘く見てるように思います。
恋したときの狂っていく感じ。
自分がコントロールできず、
最後は身の破滅まで辞さないそのパワーを、
低く見積もりすぎじゃないですかね?男はもっと単純ですよ。
自分の社会的なものが脅かされたらあっという間に恋など切り捨てる生き物です。
女性だけが執着して苦しむ。
本気の、真実の恋だと思っているから。
男が、一瞬の恋と思っているのに対して。私はね、
誰かがかわいそうなんて理由では不倫を止めてもしょうがないと思ってる。
そんなことで止まるなら、
最初からそんな修羅の道に足を踏み入れないでしょ。それよりも、
自分のために、
自分がこの先何年間、いや何十年も苦しむであろう
その執着や、それよって巻き起こる最悪の結果(妊娠したり訴えられたりね)、
そして、その後も引きずる可能性がある不幸臭、みたいなもの、があると思うから、
引き返せるうちにやめた方が良いよ~と思う。
もちろん、若い頃不倫してて、結局さくっと別の人と結婚できてる女子もいっぱい知ってます。
若気の至りで済むなら、杞憂です。
でも、最悪のケースだってあるんだから。周りの人を傷つけてから初めて、
自分が失ったものを知ることもある。
そして何より、自分が夢中になっていた男の醜悪な顔を見る羽目になることもある。私は、既婚者に心惹かれてもこう考えることにしてます。
「私の大好きなこの人は、
奥さんを裏切ったり子供を悲しませるような人ではない。
その事実を、誇らしく思おう」って。もしも私に手を出すような男だったら、幻滅します。
私に手を出した時点で、私の好きだったその人は、
もうこの世のどこにも存在しないんです。
私が恋する相手とは、つねに、
誠実な人だから。誰かを傷つけて自分だけが生き延びようなんて
姑息なことを考えない人が、好きだから。どんな理由を述べ立てても、
私が信じるのはただひとつ、
その人の「行動」だけ。
その人が自分をどれだけ犠牲にして、
私を愛してくれているのか。
私を本気で守ろうとしてくれているのか。
それがない男の口先だけを信用する気はない。だから、
私は男にだまされたと思ったことは一度もないです。
どの人も、別れるそのときまで誠実でした。
そういうフィルターというか、ハードルをさ、
自分で持ってるって大事なのかな?と思う。
幸せになりたければ。
へんな男に執着しないためには。まぁ、結局なにが言いたいかって、
私は、不倫なんかホントやめた方が良いと思ってる。
私の夫が誘惑されたら、その相手の女子を説教しに行くのもやぶさかではない(笑)女子が結局傷つくんだもの。
損するのは女なんだもの。
別に、やめろって言うつもりはないけど、
自分がかわいくて、幸せな人生を送りたいなら、
不倫には一切手を触れないことをオススメします。 -
過去のトラウマを彼に打ち明けるべきか?
最近、アメーバの相談コーナーみたいのに上がってたトピックで、
絶対それダメだよーっ!ぎゃー!ってのがあって、
まぁそこにコメントすりゃいいんだけど(笑)
意外とみんなのコメントがyes no分かれてて、
「え・・・みんなそう思うんだぁー」ってなったので、こっちに書くことにしました。
(;´Д`)それが、たしか、
「長く付き合った彼氏に突然婚約破棄されて、ショックを受けた。
それが原因で、男性不信になってしまった。
いまようやく付きあいたい人がいるけど、このトラウマについて話しておかなければ
すべてを分かってもらえると思えないので話そうと思う。どう思うか?」です。(私の記憶が正しければ・・)
そして、私は絶対NO!何言っちゃってんの!?だったわけですが、
コメントには意外と、
「それを受け止めてくれるような相手でなければ云々」とか
「好きだったら正直に何でも話すべき」とかいうのが多くて、
ひえーみんな何言ってんだよ~ダメだよ~
って思ったわけだ。まぁでもこれ私の意見でしかないんだけどね。
でもね。
もしいばら道を読んでくれてて、
上記の相談のようなことを思った事がある!という人は。ダメ、絶対。
やめようねそんなことは。
と強くキッパリ私は言う。ダメな理由はいろいろなファクターがあるんだけど、
まず大前提。
過去の男にされた嫌なことを、
未来の男に償ってもらうつもりなら、お門違い。
ということです。過去の傷をいやせるのは、
新しい男ではありません!
あなた自身だけです。誰かに、過去の傷をいやす義務をしょわせるのは、
あまりに自分勝手というものです。
誰だって、自分のしたことでない過去の出来事を、
自分の責任にされたくないし、
そんなの借金みたいなもんだよ。ないに越したことはない。まずここが、悪いけど、他人に対する甘えだと思う。
それからもうひとつ大事なこと。
こういうトラウマを告白したがる心理の底には、
傷つけられたことがあるから、
あなたは絶対に私を裏切らないでね!
という無言のプレッシャーがあるもんだ。これは私自身が大昔に経験したんですが、
いじめを受けたことがある女友達で、
やたらとそれを話す子がいて。
最後は必ず、「あなたは私を裏切らないよね?友達だよね?」と念押しされて、
正直すごく嫌だった経験がある。別に、そんな話しなくても友達だし、
私は裏切ったりいじめたりするような人間ではない。
なのに何度もその話をされると、
まるで脅迫されているような気分になる。
絶対に裏切るな。私は傷つけられたかわいそうな子なんだから。
あなたは私にはやさしくしなければいけないのよ!
大げさだけど、そんな風に圧力をかけられてる気がするんだよね。
なんでそんな話をしたの?
私は普通に大好きだったのに。
友達だったのに。。と悲しくなりました。
まぁ最後に私を裏切ったのは彼女のほうでしたけどね。(苦笑)
男が絡んだら、あっさり、彼女は男をとりました。その時にも思ったんだけど、
そんな風に、自分の過去のつらかった話をして、
その代償としての誠実さを他人に求めるのは、
相手にしてみれば大変なプレッシャーだよ、と。
本人は意識してないにしても、
相手はそうとるよ、と。それから、もう一点。
これはまったくの無意識の作用についてで、
ここがみんな知らない部分だと思うけど。相手に大事に思われなかったこと、つまり
虐待された、暴力を受けた、浮気された、二股かけられた、捨てられたなどなどのトラウマを新しい別の人に言うと。
同情されるのは最初だけ。
実は、まったく同じようなことをその人からもされてしまう可能性が上がる!という恐ろしい作用。すべてがそうとは限りませんが、
結構な頻度でそのようなことが起こるらしく、
これはもう無意識の刷り込みなのか、心理的な法則なのか分かりませんが、
そういうものらしいです。確かに、私自身、もしも相手にそのようなことを告白されたとして。
それはもちろん同情するだろうし相手がかわいそうと思う。
でも、何かあったときに、こう思う。
「あぁこの人はこういう性格だから、こういう部分があるから
過去にそんなひどい目に遭ったのかも。
そういうものを引き寄せるものを持ってるのかも」と。
これってひどい話だけど、本当だよ。実際、私もそういう風に思っちゃった経験あるもん。こればっかりは、一度聞いてしまえば二度と消せない。
どんなに理性で、否定しようとしても。
「この人には大事にされない理由があるんだ。」
という風に、
どこかで思われてしまう。
それは、どうしようもない。だからね。
私は、絶対に、過去に何があろうと、
過去のトラウマは自分で解決し、乗り越えるべき、と言います。
同じことを、レコードの溝のように繰り返したどらないために。
トラウマを断ち切るために、
絶対に、その事実を、他人に吹聴しない。告白しない。共有しないこと。
その重荷を、分けあって持とうとしないこと。それが男女で、出会ったばかりならなおのこと。
確かに、長い年月つきあって、
いっしょに暮らして、
気心も知れ、
相手に何があってもひるまないだけの信頼関係があって、
お互いのすべてを受け入れるような状態になった時には、
この限りではないと思います。でも、若くて、恋をしているような不安定な時期、
相手のこともすべてを受け入れるような人間的器もできてないころに、
いたずらに過去のトラウマを相手に開示することは、
自殺行為だと思うんです。自分にとっても背負うのが重い荷物、
他人だったらなおさら重い。
そして、過去の恋愛で傷ついたことなら、
今の相手にはまったく関係ないこと。私のすべてを受け入れて、
どんな私も変わらず愛して。
それは耳触りがいい。
真実のように聞こえる。でもね。
相手にしてみたらどうだろう。
相手にとって、
キラキラしていた、憧れの、まっさらに美しい彼女。
その彼女を愛するという幸福を取り上げられ、
イメージを砕かれ、
当惑しないわけがない。
人間はそんなに強くない。何度か書いたかもだけど、
過去に不倫したことを、罪の意識から
彼氏に告白したせいで、
それまで熱烈だった男が急に手の平返したように
彼女が捨てられた、という実例もあります。彼女にしてみれば、
彼にすべてを話すことで楽になりたかったんでしょう。
それでも愛してる、と彼に言われて
より愛を確認したかったんでしょう。
だけど、実際は?
彼の愛を失った。
たったひとつの事実を伝えただけで。その話は彼のほうから聞きました。
彼は悔し泣きしながらこう言った。
「僕が好きだった彼女はもういない。
イメージはすべて壊れてしまった。
もう知らない前には戻れない。
どうしてそんなことをいま僕に話したのか!」
私は彼を責めることはできなかった。
あなたは心が狭い、なんて言えなかった。
彼女の本性が分かってよかったね、とも思えなかった。
つくずく、人間とは悲しい、どうしようもない生き物なのだと思った。もっと愛されたくて、もっと受け入れてほしくて、
相手にすべてを明かすことで、
相手のすべてを失ってしまう。
そのすれ違いはとても切ない。
決してその想いは嘘ではなかったのに。
彼の想いも本気だったのに。受け入れる、なんて簡単に言うけど、
人間には、到底受け入れがたい事実だってあるんだよね。それに、トラウマを背負っている本人だって、
自分のトラウマを受け入れてないから、
そんな風に開示したくなるんだと思う。
自分が受け入れられないものを、
相手に受け入れろと強要するのはおかしい。
そんなのはファンタジーだよ。ではトラウマを背負ったらどうすればいいの?
人間誰だって、大なり小なりトラウマはありますよ。
長く生きていれば必ず傷ついた経験はある。
傷つけられることはある。
でも、それを、
いつまでも大事に抱え続けている限り、
同じことは繰り返されてしまいます。男を信じられなくなった人は、
信じられなくなったからこそ、まただまされるんです。
ビクビクして、騙されまいと心をトゲトゲにしているから、
逆にそういう人をおびき寄せる。一番だまされない人、傷つけられない人は、
自分が傷つけられるなんて疑いもしない人だと私は思います。だから、もしも過去の傷つけられた出来事、
自分の尊厳をメタメタにされるようなひどい出来事があって、
どうにも未来に目が向かないようならば、
まずは、その傷を忘れられない「自分」と向き合うべきだと私は思う。傷は、トラウマは、
きちんと処理しておかないと、
いつまでたってもデフォルトで顔を見せるからね。恋をする前に、まずは、
その傷を負った自分を癒してあげる。
自分は悪くないんだよ、
自分はもう二度と傷つけられることはないよ、と。
へんな言い方だけど、
自分を許してあげる。過去に傷つけられた自分を、
本当はどこかで自分も責めているんじゃないかな?
「私がよくなかったから、私は大事にされなかった。ひどい扱いを受けた。」
「だから私は愛されなかった。」「私は捨てられた」
そんな風に、自分を無意識に責めてるんだと思う。
だから一度、自分だけと向き合って、
しっかり自分を受け入れて、
自分を許してあげる必要があるんだよ。他人ではなく、
未来の恋人でもなく、
自分が、自分を許して、受け入れてあげる。
そうすれば、傷は傷でなくなり、
過去は、遠い記憶となる。
その時はじめて、
過去に自分を捨てた恋人、傷つけた恋人、執着してやまない、そんなひどい男たちのことも、同時に、許して受け入れることができるんだよ。私は、自分と向き合って、自分をまずは許すこと、
自分を受け入れることから始めました。最初は骨を折った。
難しかった。
自分の中にたまりにたまった過去の傷はいっぱいあって、
どうにもとりのぞくことは不可能に思えた。でも、一個一個、
消化して、
怒りを取り除き、
自分を攻撃する自身の言葉の刃を取り除いた。そのために一人旅にもよく行きました。(笑)
ノートを一冊持って、
国内も海外も。
フラフラと見知らぬ街を歩きながら、
温泉につかりながら、
山の稜線を見ながら、
私はただ一心に、自分の心の中のたくさんの刃と向き合ってみた。まったく呆れるくらいたくさん、
私の中には、被害者意識の塊があって、
ネガティブ、コンプレックス、傷ついたことによる臆病、
相手に対する恨み、つらみが、眠ってた。
それが私の恋愛を阻害する大きな壁をつくってるんだと分かった。
でもその存在をひとつひとつ明らかにして行くと、
不思議なくらいに、それらが昇華されるんだよね。ぎゅっと意識した次の瞬間
ふっと執着が溶けて行く。そんな感じ。
長いことこびりついていた感情すらも、
根気よく相対してたら、やがて溶けて薄くなっていった。自分を救うことは自分にしかできない。
その時改めて私が強く思ったこと。
これはきれいごとではなくて、
本当の本当。具体的に、すぐ今日にでもできること。
目に見えて、
自分が変わって行くよ。本当だよ。
自分さえ見方を変えれば、
どんな傷も、傷ではなくなる。ひどいことをされた記憶も、書き換えられる。
ただの馬鹿だったころの私の、
間違った暴走、とでも書き換えられる。悲劇のヒロインは、喜劇のヒロインになるかもしれない。
それくらいに。
自分の気の持ちようで、
恋なんて、なんとでも筋書きは変わるんだよ。被害者意識は危険です。
何かを被った、といつまでも自分の受けた傷を見直しているのは不幸です。
それがちょっと見方を変えれば、
「もっとひどい結末を事前に食い止められたラッキーな事例」に変わることだってある。しょせん、運命の相手ではなかった人に、
去って行かれただけ。それは必然。
それによって私の本質はなんら
傷つけられたりしない。人は、
恋なんかに殺されない。だからね、
恋のトラウマを抱えている人。
まずは、自分と向き合う時間をちゃんと物理的にもつくって。
(漠然とじゃダメだよ。新しい恋しながらもダメだよ)
一度自分を解放して、
トラウマを乗り越える努力をしよう。
それは、いつかトラウマではなくなるから。その時初めて、
新しい人に出会い、その人のよさに触れ、
本当の意味で、
相手を受け入れ、愛することができるんだよ。そして、その日は、
誰にでもきっと、来るから。 -
何を重視して、誰を選ぶか
私もそうだったから分かるんだけど。
長く結婚もせず、相手を探している人で。
どーもピンと来る人がいないって言うのは、
探す場所、探す相手をそもそも間違えてるケースが多いんじゃないかなって最近思う。
たまに、「ハードルが高い」って言うけどさ。
そのハードルの高さの方向性が、そもそも間違ってるっていうか。
たとえば、高学歴、高収入、そこそこ美人で性格もいいデキル女子。
そういう人が40近くまで残っちゃってるもったいない例はものすごく多いじゃない?
でも、そういう人と話してると、
ハードルが確かに、高い。
「自分と同じ位仕事ができて、頭もよく、人間的にも尊敬でき、しかも自分の仕事を認めてくれる人。」
そして、
「自分が心惹かれ、恋するような素敵な男性」←これが案外難しい!w
そりゃ、それくらい要求しても問題ないって言うくらい、
女子のレベルも高いんだと思う。
だけど、
本当は、そこのハードルを上げるために見て見ぬふりしてる部分、
もっと大事なハードルが低い場合がある。
それは、「あなたを心の底から愛して大切にしてくれる人かどうか」。
どんなにハイスペックで、自分に釣り合う男性だったとしても、
もしもその男が、あなたにほれ込んで大事にしてくれるんでないなら。
その男に夢中になるのは「ちょっと待った!」です。
そこだけはむしろハードルを下げるな!絶対上げとけ!って思う。
それに比べたら、
職種だ、年収だ、なんてハードルは下げたって問題ない。
だってさ、自分が稼いでるんだから、相手に同じだけ稼いでもらわなきゃいけない理由なんてない。
いやいや、私は自分も稼いでなくて、
いずれは専業主婦になるのが夢なんで、
相手の年収は大事ですっていう人はまぁしょうがないけど、
それでも、
今どき、相手に全部任せて自分は仕事しないで好きに生きていけるような家庭は
あんましないし、そこ目指してる限り、相手なんか出てこないって。
いっしょにがんばっていくっていうつもりでいないと、無理よ。無理。
男子だって、そこまでの荷物背負いたくないってば。
あ、話がそれたけど(;´Д`)
とにかく、かっこよくて仕事できて、話が面白くて、お互い高めあえて・・・みたいな
絶対値で測れるものをハードルに掲げていると、
そんなもんに見合う男は出てこないかもしれない。
たとえ出会えたとしても、必ずしも自分のことは好きになってくれるとは限らない。
それでもいいの!彼が唯一無二なの!
と、その絶対値が高い、ハードル高め男子に恋い焦がれ、
それ以外の男子は目に入らず、
もしも少しのお情けでもそのハードル高め男子に振り向いてもらえそうなら、
そこにしがみついちゃう。
ひどい目にあったとしても、
最後冷たくされても、
どうしてもあきらめきれない。
だって、彼はあんなに素敵な人だもの!!!
そんな風に思ってしまうこともあるでしょう。
でもさ、
そうやって、自分に似合ってるかどうかではなく、
自分が欲しいものばかりに目が行ってると、
本当に大事なものを軽んじて、
本当に必要なものを失ってしまうのかもしれない。
それは、
本当に奇跡のように自分のために存在してくれる、
自分だけを大切にしてくれるたった1人の人。
私自身、ここ数年、最後の最後まで下げなかったハードルとは。
「私を愛してくれているか」でした。
そこだけは、絶対に譲れなかった。
どんなに素敵な人で、
どんなに話が合って、フィーリングも合って、
しかもウットリするような恋気分を味わえたとしても。
「あぁこの人にとって私は、
何をおいても大事にしたい人ではないらしい」と
思った場合は、そこから深入りは一切しなかった。
がんばれば、なんとか付き合うこともできただろうけど、
それ以上追うつもりもなかったし、
さっぱりあきらめることもできた。
そこだけは妥協できない。
もう妥協するつもりはない。
そう思ってたから。
私にとって、一番越えるのが難しく、
一番大事だったこと。それは、
「私を心から愛してくれること」
私が望むことをかなえようとしてくれること。
私の幸せを何よりも大切にしてくれること。
どんな私も暖かい心で受け入れてくれること。
私が泣くようなこと、私が傷つくようなこと、
私を苦しめるようなことはしない。
当たり前ですか?
でも、本当に、たったそれだけのことがかなえられないから、
私たちは泣いたり怒ったり、さびしさで苦しんだりするんじゃないのかな?
ハードルを持つということは、
実は、そこに自分で責任を持つということでもある。
たとえば、
年収1000万以上っていうハードル(私はそういうの大っきらいだけど)を持ってるなら、
そのハードルに見合う自分なのか?考えたほうがいい。
年収1000万のお金を、二人のために有効に運用して、
決して無駄にしないだけの才覚はあるのか?と聞きたい。
たとえば、
海外で活躍する外資系の職種がいいっていうハードルなら、
海外から来た夫のゲストに対応できるだけのスキルと経験はあるの?と聞きたい。
そして、
愛されるというハードルを掲げるなら。
いつまでも愛されて、
大切にされるだけの資格が自分にあるのか?と聞きたい。
彼がなぜ自分をいとおしいと思い、
大切にしなくては、と思い、
変わらずに愛し続けてくれるのか?
その「理由」「根拠」を、自分がしっかり心に持っていない限り、
「愛されたい」と口で言うだけでは虚しい。
引き寄せの法則とかでもよく書かれてますが。
ないものを「それがないから」という理由で欲しがる間は、
得られないんだよね。
「お金がないからお金が欲しい」と念じても、
お金は引き寄せられないってこと。
なぜかというと、
まずは、「お金がない」という状況が強くイメージされて、
それを維持しようと無意識の力が働いてしまうから。
ない状態に目を向けて、意識して、そこに心がとらわれている限り、
そこから出ることはできない。
「恋人がいない」「こんな恋人が足りない」と思ってる間は、
どんなに望んでもその「理想の恋人」は手に入らない。
同じように、
失った人を悲しんで、
いつまでも喪失に目をむけて、
空いた穴を埋めたいと願い続けるほどに、
そのイメージが強く心にやきついて、
その状態は続いてしまうんだと思う。
そうではなく。
ここに、さらに何かが足されれば、より自分が豊かになる、とイメージする。
自分はすでに完成している幸福の形なんだけど、
そこに、さらにそれを認めてくれる誰かがいれば、
幅が広がって、幸福は拡大する。
そして、その理由を考える。
だって、私はこんなにユニークで、魅力的で、
いろいろなことに好奇心旺盛で、
人にも興味があって、心細やかな部分もある。
そんな私を理解して、愛してくれて、
私に愛されてくれる、
そんなパートナーがいれば、
私の人生はより豊かで、より幸せになるだろう。
私は、その人を幸せにすることができるし、
彼も、私を誰よりも大切にするだろう。
そんな感じで。
自分が自分に限りない信頼を寄せ、
自分は愛される価値があるのだと強く信じなければ、
愛されることは決してない。
愛されないから愛してほしい、ではないんです。
愛されてしかるべき私だから、
私を誰よりも愛してくれる人に出会うはず。
そう本心から思えなければダメなんだと思う。
私もずいぶん苦労しましたよ。
この「愛される」というハードルは、
「高スペック男子をとりあえず落として付き合う」ことよりもよっぽど難しい。
つまり、
素敵な男子に片思いして、そこまで好かれてないのにあきらめず執着することのほうが、
ただ1人の誰かが命をかけて愛する女になる、ことより
ずっと簡単です。
好きになるほうが、簡単ですよ。
好きになってもらうよりも。
なぜ、そんな男に執着して立ち止まるの?
とよく思う。
その男は、あなたを大事にしてくれる男じゃない。
そんな男を、振り向かせるという、自分を好きにさせるように虚しい努力をするよりも、
誰かに愛され、その気持ちを深めてもらうことのほうがよっぽど難しくて、よっぽど大事。
どうせ努力するならさ。
あなたを傷つける男よりも、
あなたを大切にしてくれる男のために努力しようよ。
それが最後は、自分を大事にすることになるんだから。
なぜ人は皆、
自分を幸せにするという何より大事なことを軽んじて、
得られないものを得ようと苦しむんだろう。
この執着の意味は何なんだろう。
得ても指の間から滑り落ちる、
そんな気まぐれな愛情をかき集めようと、
躍起になるんだろう。
大事なことは、ただひとつ。
自分を幸せにすること。
自分が、この手で。
そのために、
自分を不幸にするものを断つこと。
自分が傷つくことを、寄せ付けないこと。
自分は幸せになる価値があると心の底から信じること。
誰だって、
幸せになるために生まれてくるんだから。
誰よりも幸せになってほしいと、
願われて生まれて来たんだから。
そこだけは絶対に譲ってはいけない、ただ一つのハードルだと私は思う。
もちろん、愛されてる愛されてないの基準は人それぞれ。
愛する側の出力の違いもありますよ。
愛してるのに、そう見えない男もいっぱいいる。
その場合は、その男の、愛してる度合いを自分でしっかり見て行かないとダメ。
でもね、最後の最後は、
自分がその男に幸せにしてもらえるか?です。
そこは、自分をごまかさないで、できるだけ自分に正直に答えるべき。
もしも彼の愛情表現が下手で、こちらが満足できないくらいにしか愛情を出してくれない場合、
自分がそれでも納得でき、ちいさな愛情にもたくさんの幸福を見つけられるなら問題ない。
だけど、やっぱり不安で、傷ついて、さびしくて仕方ないなら、無理しちゃダメ。
そこで無理してごまかして付き合って行っても、
幸せにはなれないから。
どんなにいい人でも、心のやさしい人だとしても、
ただ一人の大事な人を幸せにできない人であったなら、
私は選ばないと思う。
それは私は私が大事だからだし、
私は、それでは幸せになれない女だから。
それは一人ひとりの基準があっていい部分だと思います。
だけど、いつでも問いかけてほしいです。
「この人といて私は幸せなのか?」と。
恋の執着、
恋の切なく断ち難い執着は、幸せとは別問題です。
執着が断ち難いなら、無理して自分の幸せにまで話を進めなくても全然いい。
まずはその執着と向き合って、
執着が昇華するまでとことん付き合ってみるのもいい。
もういやってくらい、その人のことを想い、
その人と自分の関係を思い、
そしてウンザリするほど好きでいたら、
もういいやって思える日が来たら、
その時初めて、
自分が本当に幸せになるってどういうことか、
考え始めればいいと思います。
私もそこまでたどり着くのにずいぶん迷ったし、
執着に苦しんだし、
幸福のない場所に居座り続けたりもしました。
だけど、最後の最後は、
この結論に至れてよかったと思うし、
たくさん悩んだ結果が、自分の納得のいくものだったことに
今は、必然を感じる。
つまり、
誰よりも自分を愛すること、
自分を大事に大事に思うことができて、初めて、
本当の幸福を考えることもできるようになるし、
本当の幸福を運んで来てくれる人にも出会えるんだって。 -
SNSの上手な使い方
さてさて、
最近といえば、SNSですよね。
好きな人と友達になって、つながって、
メッセージもコメントも送りやすくなったし、
彼の動向も読めちゃう。
彼の意見とかも読めちゃう。
もちろん、SNS発の恋も増えてるみたいだし。
何を隠そう私自身も、SNSでじわじわ仲良くなって恋に発展という経験あり。
なので、今日は、SNSの上手な使い方、
ダメな使い方について書きます。
皆さんはどのSNS使ってます?
とりあえず私は、mixi→twiiter→facebookと渡り歩き、
現在は、twitter→日々のつぶやき facebook→友達とのプライベートライフ共有と使い分けてます。
ぐぐたすもいっしゅんやってたけど、知り合いがいないので放置中。
そんなSNS、それでも私も最初は結構試行錯誤でした。
mixi時代は、当時の彼氏とはマイミクにもならなかったし、お互いに、
mixiアカウント持ってるとも言わなかった。
でも実際は、彼のアカウントは付き合う前に見つけてたし、
過去日記もだーっと読んではあったけどね。
あの頃は、
私もまだ使い方分かってなくて、わりと
自分の心情とか吐露しちゃうような日記書いてたりしてたから、(笑)
それを彼氏に見せるのはちょっと・・・・って感じだったのよね。
でもあれが正解だったと思います。
正直、彼氏彼女ができたからって、
SNSで無理に友達関係につながらなくてもいいと思う。
だって、気になるじゃんいろいろ。
相手の交友関係とかさ。更新時間とかさ。
すごく仲のいい状態ならいざ知らず、
まだグレー期間だったり、
付き合いたての手探り時期に、
相手のプライベートをぜんぶのぞき見するのは、あまりよくない。
自分の目で見た、耳で聞いたものにもっと注意を傾けるべきだし、
彼の交友関係にあれこれ気をもむのも余計な心配増えるだけだし。
でも、
もしもまだただ単に好きとか気になるとかいう状態、
もしくは知り合ってすぐにSNS交換しちゃって友達になっちゃってる場合。
これは別に、友達を解消するわけにはいかないよね。
私も、ここ最近はずーっと、
まず誰とでも知り合うとfacebookで友達になってたから、
その中に気になってる人がいたりは、よくある話!でした。(;´Д`)
そんでもって、最初のうちは、
まだ使い方が分かってなかったので、
むっちゃ相手の出方とか気にしちゃって、
相手の1日のスケジュールを把握する勢いで(爆)
相手のタイムラインとかつぶやきとか見てましたねー。
で、こわいなと思ったのは。
なんかさ、twitterとかfacebookとか、
なんの気なしに相手が上げているつぶやき内容が、
たまったま自分の何かとシンクロしてたり、
誰かに向けて書かれているように思えたりすると、
なぜか!な、ぜ、か!
From好きな人To私!への隠れたメッセージなんじゃない?!(ドキドキ!)とか
勘違いしちゃうってことだ。(爆)
わーはははー
バカだなー私。
でも、それだけSNSのつぶやきってやつは、
とってもパーソナルで、リアルタイムだから、
なんだか自分が彼と直接つながってるような、
自分だけが彼とつながってるような、
登場人物、自分&彼ってな気分に、
なるきらいがあるんだよな。うん。
そして、そんな彼のパーソナルな一面は、
本来であれば、相当仲良くなって、メール交換とかして、
ふたりで飲みに行った時にしか見えなかったはずなのに、
こんな簡単にSNS上で見れちゃったりするものだから、
なんか急に仲良くなったように誤解して、
距離を近く感じて、
そして、ますます好きになっちゃうんだよな。これが。
だいたい、
SNSってのは、ぐだぐだしてるとこなんか上げないで、
大体がリア充な内容(趣味がんばってるよっ!とか、美味しいもの食べたよっ!とか
俺、こんな意見に賛成だよっ!とか)なんだから、
好きかも、いいかもと思ってれば、なおさら、
素敵に見えちゃうよね。
もしもちょっとでも「凹んでるんだ・・」みたいな内容だったら、
そりゃもう、全力で、慰めたくもなるし、気になるし、
私だけはわかってるよ!!!!(心でハグ!)みたいな気分になる。
そう、これらすべて、SNSで恋すると起こること。
だけど、このへんを、うまいこと自分で理解してないと。
突然ある日距離を踏み外したり、
相手の交友関係や、いいね1個、RT1個が気になって、
疑心暗鬼、彼の「いいね待ち」「メンション待ち」になるんだな。
危険です!
たとえば、距離を踏み外した例。
みんなが見てるコメント欄に、
「今度こそ飲みに連れてってね?」みたいに書いちゃう女子がいるらしいけど、
私のモテる男友達曰く、
「個人的に飲みに誘ったことない女子に限って、
公の場(コメント欄)でそんなこと書いてくるから焦る。。ちゅうか迷惑」だそうです。
ご本人は軽い気分で書いてても、
男性は意外と人の目を気にするので、
コメント欄に色恋風味を上げるのは控えたほうがいいでしょうね。
「他の女友達にはコメントしてるのに!」「あの特定の女の子はいつもいいねしてて怪しい!」など、
相手のホームタイムラインを見に行ってはチェックを入れるのも、
SNS恋愛ではドツボです。やめたほうがいいです。
(私もいっしゅんそういうのやってました。_| ̄|○)
ダンナなんかと話してると、
「本命の子には、みんなの目に触れるSNSなんかであえて絡んだりしないよ」という意見もあり。
SNSのウォールだったりコメント欄だったりで絡んでる程度の関係は、
しょせん気にするほどでもない友達の可能性は高いです。
(女子の側はどう思ってる知らないけど)
ほんとに親密になってる場合は、メールでやりとりするだろうし、
非公開メッセージだってあるし、LINEだって、なんだってあるし。
みんなに見られても大丈夫なしょっちゅう絡んでる女の子ってのは、
女子の側が狙ってる可能性はあるにせよ、
現時点では単なる友達、と思ってればいいんじゃないでしょうか?
ま、気にするな!ってことね。
あとは、相手が自分にだけ「いいね」してくれない、「コメントしてくれない」と気に病んでる人。
こっちが気にするほど相手の生活の中でSNS上の付き合いなど重要ではないのかもしれないよ。
ついでに言うと、facebookの場合、
相手に何かしらアクションした経歴があると、選別されてその人の記事ばっかり上に上がってくる
アルゴリズムが組まれています。
逆に、何もアクションしたことない人や、他の人のいいねがついてない記事は、基本自分のTL上に出ないので、気付かないことが多いです。(ほとんどの人は、相手のTLに記事が出てないそうです)
すなわり、彼は、意図的に無視してるんではなくて、
facebook上のシステムの関係で、
あなたの記事にすら気づいてないのかもしれません。
気になってる側だから、相手のタイムラインを見に行ったりするでしょうけど、
普通の人だったら、流れてくる記事だけに目を通して、
いいね!とかコメントしたりするはず。
だから、無視してる、と早合点して気に病み過ぎ、→余計彼の動向が気になる、
みたいなネガティブスパイラルに陥らないように!
大体ね、好きな側っちゅうのはなんでもかんでも彼中心だから。
そればっか浮き出てぼぼーんって見えてるんだけど、
普通、まだ好きとも思ってない(けど、嫌いでもない)人の動向なんて、
あまり気にしてないものですよ。
ちなみに、好き好き気分が盛り上がりすぎて、
彼と自分の関係をSNS上でバラそうとしたりとか。
(タグ付けする、いっしょにいたことをコメントなどでほのめかす)
そういうのも、相手の気持ち次第では超ウザい!ですから気をつけて。
彼がまだ自分のことを120%好きだと確信したわけでもなく、
ただデートしてるだけの状態だったりする場合、
せっかく彼が「いいかも・・」と思い始めているのに、
台無しにしちゃうかもしれないよ。
というのも、
彼の社会は、複雑にいろいろなものが重なっているはずで。
会社の自分や、大学時代の自分、故郷の自分、家族の中の自分、趣味の自分、
といろいろな社会が折り重なっている交差点みたいな場所がSNS。
その中で、自分のプライバシーが、意図せぬ形で勝手に相手からリークされるのは、
非常に気持ち悪いことだと思う。
好きになりかけてても、そういうデリカシーのなさに、
ちょっと気持ちが冷めちゃうかもね。
それくらい、
男性にとっての社会性ってものすごく大事なものだから。
女子は、恋にすべてで、やぶれかぶれで、
何を失っても突進するとこがあるけど、
男性はある意味、そこ冷静だから。
自分の付き合いの中で、周りにどう思われるか、
そういうのにもっと気を使ってあげないとだめだよね。
大学生くらいまでならギリギリOKでも、
会社の付き合いなどが絡んで来ている場合は、なおさら。
そういうSNSでの振る舞いで、
社会的常識があるかどうかってみられてる。
女性は特に、そういうところで気を使える人じゃないと、
男子的には、「彼女にしたら大変そう」「かわいいけど常識知らず」と、
敬遠されると思います。
さてさて、
NGばっかり書いてきましたが。
そんではうまい使い方ってなに?というと。
それは、
好きな相手を気にせず、その他いっぱんにウケる人を目指すべし、です。
好きな人がいると、どうしても、その人の関心のある内容ばかりを
上げ始める傾向あります。
でもそれ、下手すると、本人からも気づかれて、
足元見られます。(あー俺狙い?だからその内容?ってね)
実際、私も、
私を好きで、口説いてきてた男子が、
つねに私の仕事に関係ある記事ばかり上げて、
絡もう絡もうとしてるのが見え見えなときがあって、
ちょっとウンザリしましたもん。
それよりは。
その相手の知らない自分の一面を見せるとか、
その他大勢に好かれている自分の一面なんかを
上手にアピールするようにすべし、です。
さっきも書いたように、
facebookのアルゴリズムの関係で、
他の人がいっぱいいいねした記事は、目につきやすくなります。
それに、たくさんの人でコメント欄がにぎわってるのは、
あなたの魅力がたくさんのひとから認められている一番簡単なバロメーターです。
男ってのは、自分の手に入れた人が、
他の人から見てもうらやましいような、
人気のある人であるとうれしいんです。
自分の自慢の彼女、は、誰からも好かれている彼女、であってほしい。
だから、みんながいいねするような記事や、
みんなが好意的にコメントを寄せるような内容をガンガン上げるべし、です。
ターゲットは、あくまでも、彼ではなく、その他大勢です。
そして、もうひとつ。
もしできるなら、
女性らしい一面を見せるようなものを多く上げるといいと思います。
手作り夕飯、鉄板です。(爆)
私は、ある日何の気なしに手作りの夕飯上げたら、
思いがけない数のいいねが来て、
しかもメッセージで男性の先輩から、
「そんな一面もあったんだ!と正直ビックリしている。誰か紹介したいな」と言われた!
まぁ私の普段のイメージがあまりにただの仕事中毒な酒飲みだったから、
意外な一面だったのかもだけど。
やっぱり、未婚既婚に限らず、手料理に反応する男性の数の多さを見ると、
これ、鉄板です。
何でもいいから、うまく行った料理は上げておくに限ります。
それから、お部屋のお花でも、
お風呂場のキャンドルでも、
とにかく男子が普段お目にかからないような、
女性らしい生活の一部、
ふわふわしてやらかいいいにおいのする部分を、
せっかくなのでSNS上でチラ見せしちゃいましょう。
もちろん書く内容も、
「は~つかれた」だの、「1人酒なう」とか絶対絶対ダメ!で、
「今日はゆずをいただいたので、のんびりゆずのお風呂につかりました~。
ほかほかです!」みたいな、
1人の生活を、充実させてかわいく過ごしている、
(しかもいいにおいといい手触りがしそうな)記事を上げときましょう。
同性から見ても、
独身女子の自虐ネタはSNSで見てて痛いです。
女子会の写真ばっか上げてたり、
ひとり旅の写真ばっかだったりすると、
「さびしいおひとりさま」っていうレッテル貼られます。
かと言って、男友達とギャハハな飲み会写真ばかりが上がってるのもいただけない。
男子は繊細なので、
自分が入り込める隙間のない女子は敬遠するものですから。
あまり飲み会写真ばっか上がっちゃわないように。
タグ付けされてもすぐ外す。
へん顔タグは即削除!
もちろん、元彼との写真なんかアルバムに残してないよね?(;´Д`)ね?
一番いいのは、
当たり障りないけど、女子力高めの、
「私の私生活垣間見せます」的な記事を、
そんなに高くない頻度で上げる。
それから、日常の中で気づいたきれいな風景や、
かわいいもの、好きなものを上げる。
(彼の目線は気にせずに)
そして、自分の考えに近い、いい話やニュースを
みんなにシェアすることで、
自分の意見を持ってる女子、というアピール。
そこらへんは、何でもいいです。
自分の意見、というのが何より大事なので、
単なるお涙ちょうだいのバズ記事に安易に乗っからないように。
うまくすれば、一番簡単な自己アピールになるよね。
たとえば、外国では当たり前のマナーが日本ではできてなくて恥ずかしい、
みたいなネタって、私はけっこうよくそう思うので、
シェアしたり意見をつけたりするんですけど、
そういうことで、「自分はこういう視点を持った人間ですよ~」って
みんなにアピールできる。
そういうのの積み重ねで、自分という人格を、SNS上で知ってもらうことができるよね。
そして、絶対に、人の悪口、愚痴、ネガティブな日記を垂れ流さないこと!
同情を引きたいコメント欲しさでそういう内容を書く若い子も多いらしいですが、
男子から見たらドン引きです。
基本は、うれしかったことやポジティブなこと、感動したことなどにしておくのが無難。
ちなみに。
SNSから恋を始めたいなら。
まずはオープンなコメント欄を卒業して、
ダイレクトメッセージ、そしてメールへと速やかに移行しよう!!!
もちろん、その先は、実際に会うことです!
たとえば、やり手の男性だと、
コメント欄に「美味しそう~いいな~」って書いたら
5秒くらいで、ダイレクトメッセージが来て、
「じゃぁ今度いっしょに行こうよ。いつが空いてる?あ、今日の夜でもいいよ」と来る。(笑)
そのスピード感。
これ別に男子だけじゃなくて女子も使えると思う。
コメントに、ダイレクトメッセージで返す。
もしくは、最初から記事の内容から発して、
メッセージで個人的な誘いにつなげる。
単なるコメント的内容をわざわざダイレクトメッセージで書かれるとウザい場合もあるので、
毎回はダメですけど、
個人的な関係に持ちこみたいなら、
いつまでもSNS上のお友達でいてはダメです。
さっさと個人的な関係に持ち込もう。
ダイレクトメッセージに安住してないで、
メルアドはさっさと聞きだすべきだし、
聞きだしたらデートに持ちこめるように努力あるのみ。
SNSはリアルだし、片想いにはうってつけだし、
いっしゅん仲良くなったと誤解しがちだけど、
ちがいます。個人的なつきあいとは程遠いです。
さっさと2人だけで会う段階まで持ち込もう。話はそれからだ!
そして、できれば彼が
2人のデートをSNS上にかるーく載せないことが理想(目標?)です。
やっぱり、
みんなに公開できる程度のつきあいって、そこまでなんですよ。
大事なものだからこそ、最初は隠しておく。
誰と行ったかは内緒にする。
そんなもんだと思う。
「○○と△△たべたー」ってみんなに公開しちゃうようだと、
まだまだ友達レベルなのかもしれないです。
むしろ秘密にしてもらったほうが、先があると私は思います。
まぁ今どきの超若い世代の男子の生態は
分からないんだけど(;´Д`)
とりあえず、うちのダンナは、私とはひと世代以上下の、
SNSが大学時代からあった20代ですんで。
いろいろ聞いてるとなるほどね~って思います。
意外とプライバシーの意識は進んでるんだね、とか。
人の目はすごく気にしてるんだねとか。
私があまりに無防備にしてるんでよく怒られます。_| ̄|○
恋愛部長やってることも、実年齢も、
隠してたつもりが、facebookのコメント欄の書き込みだけで
あっというまに見破られてました。(しかも私は知らんかった)
いやまぁ情報処理能力が高い!んだよね。若い子は。
その分、すごくデリケートなんだなとも思う。
むしろ、会社のおっさんたちのほうが、
まーったく気にせず、会社感覚で
相手に気遣いなくバンバン余計なことをコミュニケーションしてくる(涙)
ホント、そこ空気読んでマジで!って思うこと多々。
今どきの子は大変だ、とホント思います。
ケータイメールが出てきた時も、
恋愛のスタイルがガラッと変わって、こりゃ大変な時代になったよ、と思ったけど。
SNSも出てきて、ますますコミュニケーションの形態が大きく変わってきてるよね。
一人ひとりとの付き合いが希薄になって、
その他大勢になって、
誰かと密に付き合うのは、
少し重荷になってきてる時代なのかもしれない。
だけど、恋する女子はその逆で、
恋すると情報ばかりが多すぎて、
好きな気持ちにますます集中してしまう。
好きな彼の情報に縛られてしまう。
そして、本来見なければならないものを見ないでいてしまう。
それは相手の気持ち、だったり、
2人の間だけの関係性、だったりする。
SNSは、振り回されるとヤバいです。
私も振り回されてた時は1日中、相手の動向を覗ってましたから。(;´Д`)
でも、利用できる部分もたくさんある。
大事なのは、もう一度言うけど、
視点を彼ではなく、むしろ彼からは引き離し、
その他大勢の友達に向けること。
自分の発信するものに、もっと意識的になること。
です。
自分らしさをアピールするにはまたとない機会だと思います。
メールに続いて、
SNSも味方にできれば、
恋の主導権を握ることができる!(かも)
SNSこわーいとか言って使ってないならば、
無理にとは言わないけど、
一度実験的に始めてみるのもいいですよ~ -
思いきれない想いとはなにか
久しぶりに、失恋について書きます。
よくメッセージやコメントなどで送られてくる内容に、
「彼のことがどうしても忘れられない。彼でなくてはダメ。あきらめきれない」というのがあって。
あぁ、私もそうだったなー。
もう一ミリも希望なんてない状況で、
なのにそこにしがみついて、
何か光明があるんじゃないかと目を皿のようにして。
そこから梃子でも動かない!って頑固になってたこと、あったなぁと。
40近くになってからは、さすがにその辺学習したので、
「これはどうにも光明なんてないし、彼は私をもう少しも必要としてないんだな」という
明白な事実を自分につきつけて、
そこから無駄な血を流さないように気をつけるようになりましたが。
それでも、心は、理性を裏切るものです。
どんなに頭で分かってたって、
1人でさびしい時、ふと心に浮かぶ人、思いをはせる人、恋しい人は、
遠の昔に別れたその人でなしだったりするんですよね。しみじみ。
でも、ひとつ自信を持ってお伝えできるのは、
その「心に浮かぶ男」は、
いつまでもその人とは限らないよ!(爆)
「もう一生この人しか愛せない」と泣き暮らした男が登場人物だったのは、もう昔のこと。
そのあと、何度か、別の男がとってかわった。
だんだん、うすうす気づくようになった。
「私は、手に入れられなかったから、その男を追い求めてるだけだ」と。
何度も書いてますが、
成就しないから、心に残る。
深く傷ついたから、消せなくなる。
手に入らないから、欲しくなる。
一度は、手に入れたと思ったその時に、思い描いた未来予想図を、
自分自身で破棄することができないから、
いつまでも同じ未来を夢見続ける。
そして、その行為のすべてが、
自分をもっともっと傷つけ、みじめにし、どん底まで突き落とす。
なぜ私は愛されないのだろう。
なぜ私はただ一人の人を失ったのだろう。
どこで私は間違ったのだろう。
何をどうすれば、
彼をもう一度手に入れられるのだろう?
この発想のすべてが、
幸福な恋から、あなたを遠ざける。
それは、執着だから。
恨みだから。
呪いだから。
焦燥だから。
一度冷静に考えてみてほしい。
うまくいかなかった恋とは、
うまくいかない恋のこと。
これから先も、どんなにごまかし続けても、
うまくいかない恋とは、うまくいかないものなのだ。
何かの間違いで、2人は一瞬恋に落ちたけど、
どこかで道はすれ違い、
それは一生の思いではなかったと、どちらかが確信し、
そして手を離したのだから、
どんなに最初が情熱的だったとしても、
どんなにそれがロマンチックな恋だったとしても、
終わった恋は終わった恋。
そして、終わるべくして終わる、
最初から時の限られた恋だったのだ。
というか、結婚して一生を誓う以外のすべての恋には、終わりがある。
それは悲しいけれど本当のこと。
(もちろん結婚にも終わりがある場合もある)
どんな終わり方をしようと、終わる恋は終わるし、
ただひとつの「生涯ともにする人」との恋以外は、
すべて、どこかで終止符が打たれるのは仕方のないこと。
そして、その終止符は、
自分で打たなくても相手が打つ。
状況が打つ。
タイミングが打つ。
2人のかみ合わせが、打つ。
そればかりは、自分がどうしたいとか関係なく、
それはそれは冷酷に、
ある日突然、時計の鐘は打ち鳴らされ、
そこですべては終わりと告げられるのだ。
もう、どうしようもないのだ。
打つ手なんかないし、
誰が悪かったわけでもない。
どちらも悪くない。
ただただ、そういう巡り合わせだったのだとしか言いようがない。
だけど、少なくとも、
相手が決めた別れなら、
それは断ち切る以外に方法はないと思う。
だって、彼はもう自分を愛していないし、
大事にも思っていない。
宝物のように守ってくれるわけでもない。
そして何より、
彼は、私を幸福にすることに、何のモチベーションも持っていない。
私がしばらく思い続けた元彼と、
久しぶりに会った時のこと。
彼との関係は変わってないように思えたのに、
何か強烈な違和感を感じてハッと気付いた。
「彼は、私を守りたい、とはもう思ってないんだ」
その事実。
付き合ってた頃、彼が私を好きでいたころには、
彼はつねに、私が幸福であるために、
私を守ってくれていた。
私を幸福にしたいと考えていた。
だからこその心配りや、思いやりが、私はうれしかった。
でも一度心が離れてしまって、
もう別々の他人になってしまうと。
彼にとって私はただの友人で、
話している分には変わらないのに、
決定的に違うのは、
私を幸福にしようと努力することだけはしないということ。
男が、好きな女といて幸福なのは、
自分の手で、この女を幸せにしたい、と願う瞬間だ。
幸福にしたいほど、大事な存在がいる、ということだ。
大好きな男を幸せにしたいというなら。
彼が心の底から愛して、守りたいと思い、大切にする存在であるしかない。
それ以外は、その男を真実幸せにすることにはならない。
どんなに尽くしても、
どんなに機嫌をとっても、
どんなに想いを伝えても、
その男が自発的に、愛情を湧きださせ、
行動したくならない限り、
その男を幸せにはできない。
だから、あきらめるほかないんだ。
私には、彼を、心の底から幸せにはできないんだと理解するしかない。
彼が求める人は、
人生の伴侶は、私ではなかった。
そう何度も自分に言い聞かせるしかない。
「私には彼しかいない」?
では、彼にはどうだろう?
彼には、私しかいないんだろうか?
私だけはちがう、と思ったから
別れたんじゃないのか・・・?
ひどい言い方だけど、それが真実だ。
だけど、大事なことは、
どんな人だって、
選べるパートナーは一生に1人、ということで。
別に、彼だけが100人の女に愛されて生きて行き、
自分は一人ぼっち、というわけではなく。
誰だって、
最後はたった一人の人を選ぶほかないということだ。
(もちろん二股三股かけたり、不倫するような人は論外だとして)
彼だって、探しているんだ。
たった一人、自分が心から大切にしたい、
すべてをささげて悔いはない女を。
私たちが、どこかのだれかに、
探されているように。
どうして彼しかいない、と思うのか。
それは、そんな風に愛してくれた人は彼だけだったから、かもしれないし、
そんな風にうまくやって行ける人は、彼だけだったから、かもしれない。
彼ほどの条件を備えた人は、いなかったから、かもしれない。
でもそのすべては、過去と照らしてだ、と言う事実に目を向けよう。
今までは出会わなかったから、彼だけなんだろうか?
同じ、いやそれ以上の条件の人がもう現れないというのは思い込みだ。
うまくやって行ける人は彼が初めてなら、
次のうまくやって行ける男こそホンモノかもしれない。
彼がそんなに愛してくれたというなら、
今度は、永遠に愛してくれる人を探せばいい。
どうして彼に執着するのか?
私も一時期自分と対話して考えた。
なぜ彼だけをそんなに想うのか。
私の答えはこうでした。
彼ほどロマンチックに私を愛してくれた人はいない。
彼ほど強く想ってくれた人はいない。
彼ほど男らしく、頼れて、しかも社会的にも尊敬できる人はいない。
しかも2人は強く惹かれあっていた!最後の別れの瞬間まで。
そうやって理由を上げたから、
ではそこに匹敵する、凌駕する人が出てくればいいんだ、と思えた。
そして、そういう人が出てくるまでは、
彼を想って悲しみに襲われることも、仕方ないんだと思った。
何度も思い出しては過去の自分を責めた。
だけど、何度繰り返し思っても、
やっぱり自分は同じ過ちを繰り返すのだろうとも思った。
それは、
やっぱり、彼が、私のただ一人の人ではなかったから。
私が、言ってはいけない言葉を飲み込んだとしても、
彼を追い詰めなかったとしても、
終わるべき時に、きっと終わってた。
ロマンチックな恋だったからこそ、
そのまま記憶は封印され、
美しいまま保存される運命だったんじゃないかと。
そして、今、一生を共にしたい人に出会って
つくずく思うのは、
まったくあの恋とは次元が違う、ということだ。
永続する、守って行く、積み重ねていく想い。
家族になりたいという想い。
一生を、手を取り合って、信じあって生きていくという覚悟。
そのために、彼が私を、
心から愛していてくれること。
そのゆるぎなさ、お互いの確信。
それは、いっとき心を騒がせた恋とは、
似ても似つかないものだった。
あの時、無理に関係をつなぐことがたとえできたとしても、
きっと、それを一生のものにはできなかったと思う。
それは、その彼だけのことじゃない。
過去にうまくいかなかった「忘れられない人」のすべてが、
たぶんどこかで違和感があったんだと思う。今となって思えば。
結婚した時に、
過去好きだった、苦しい想いをした人も、
祝福してくれた。
そしてその時、私の過去の想いも報われた気がした。
私は、過去の苦しみをちゃんと乗り越えて、
いま幸せになりましたよ、と。
あなたを幸福にする人は別の人だったように、
私を幸福にしてくれる人は、あなたじゃなかった。
それに気づけたよ、と。
そして、あなたがうらやむくらいに、
私は夫を愛します、と。
夫を幸福にします、と。
それをこれから証明できるのは私しかいない。
もう過去の想いに泣くことなく、
切なく想うこともなく、
苦しむこともない。
だけど、1人でいた間は、ずっと思い出してました。
あきらめきれずに胸が痛んでいました。
ずっと、恋しかった。
苦しかった。
いま思いきれずに苦しんでいる皆さん。
その想いは、永遠じゃない。
そして、自分さえ幸せになりたい気持ちがあるなら、
そこから歩き出す勇気も持てるはず。
その想いが、
いつか私のように、
美しく悲しい恋の記憶として、
キレイに畳んで心の中にしまっておけるようになるから。
今でも、
好きだった人の一人ひとりに感謝している。
思い出しては懐かしく思う。
あんなにも愛することはできなかった。
あの時は。あの瞬間は。
だけど、時は流れて、
いつか気がつく時が来る。
あなたは私の「たった一人」じゃなかったし、
あなたを幸せにできるのは、私ではなかったんだと。 -
尽くす心は疲弊する
皆さまお久しぶりです!
すっかりご無沙汰すみません。(;´Д`)
twitterをお読みの方はご存じのとおり、
なんだかんだで結婚式をフルコースでやってしまい、
(神社で挙式→レストランウェディング→2次会)
しかも国内ですが新婚旅行にまで行ってしまいましたー!
いやいやバタバタした毎日でございましたが、
ようやくここに来て一息。
で、今日は、ちょうどそんな、多忙極めた新婚生活を送りつつ、
あ~そうだな~と思ったことなど。
私もさ、昔はよく言われたのが、
「あんたって尽くし屋タイプだよね」です。
これちょっとやだったんだけど、当たってた。(爆)
何しろ恋に落ちると、相手のことだけ120%200%でしょ。
ただでさえ集中力があるし、パワー全開だから、
アドレナリンが出てると、そりゃもうすごいわけよ。
寝てなくたってへーき。
相手のためならなんでもしちゃう。
無尽蔵なパワーが湧きだして、
それが自分でも楽しくて。
恋してると無敵って気分になれたなー。
でもね、
結局、恋の猛烈パワーってのは、
恋が成就するまでか、
恋愛初期までしか続かない。
片思いは延々、成就されないままエネルギーを補充できちゃうので、
続くかもしれないんだけど。
彼のために料理をつくって待ってるとか。
彼の仕事のお手伝いをしちゃうとか。
彼のためにオシャレに気合い入れるとか。
そういうのって、
「彼のため」「彼が喜ぶため」って思えばこそ力が入るし、何でもできる。
でも、私は、そういう
「彼のため」っていう発想で尽くしていると、
いつかはどこかで破たんすると思う。
「彼のため」っていう気分は最高です。
女性は誰かのために何かをすることで、幸せな気分になるし、満たされる。
それこそまさに母性本能のなせる技だと思う。
でもね。
「彼のため」っていう発想にはどうしても、
「自分は犠牲になっても」とか、「ここまでやっているんだから」という気分が
付きまとうと思うんですよね。
人間が、何の見返りもなく誰かのために無心で奉仕できるのは、
母親→子供のケースだけだと私は昔から思ってるんですけど。
そうでない場合、
どんなに愛する人だって、尽くした結果
感謝もされない、特別だと思われないのであれば、
その行為は虚しいと思う。
自分はただ慈善行為をしてんのかなって思っちゃう。
もしくは、自分は都合のいい女なんじゃないの?って情けなくなる。
それはでもさ、
評価軸があくまでも「彼」になってるからだと思うんだ。
「彼のために」やっていることだったら、
その当人である「彼」が何かを評価してくれないと意味がないわけで、
彼が感謝したり、愛してくれたり、大事にしてくれたりしないと、
不満に思う。
ぶっちゃけ言えば、彼に気に入られたくてやってることだから。
彼に好きになってほしくてやってることだから。
そういう「彼のために」発想は、絶対にいつか不満を生むし、
怒りを生むし、むなしくもなる。
そしてある日ばかばかしくなって投げ出したくもなる。
私も昔、誰かのためにとこまこまと楽しく世話を焼くのは楽しかった。
でもそれはあくまでも、非日常の楽しさで、
永遠につづく種類のものではなかった。
いつかその純粋な(と最初を思っていた)気持ちは疲弊して、
「どうしてわかってくれないの」「どうして同じものを返してくれないの」と、
相手を責めるようになる。
自分ばっかり相手を好きなことに嫌気がさす。
そんな状況で、関係など続けて行くことは難しくて。
結婚したいま、すべてが当然の生活になって思うことだけど、
何かがスペシャルである場合、それを維持するのは力がいること。
そしてそれがいつか終わってしまう危険のあるものなんだ。
だったら、どうすればいいのか?
それは、すべての評価軸を「自分」にすること。
「彼のため」という発想を、すべて
「自分のため」に言いかえる。
もしも、自分のためにならない「彼のため」が出てきたら、
それは思い切ってやめる。
たとえば、私は毎日仕事で遅くないかぎりうちでご飯つくってますけど、
それも、「彼のため」だと思っていれば、たぶんどこかで不満が生まれる。
これは、あくまでも「自分が食べたいものを」
「自分の生活の向上のために」
「自分の力量の範囲内において」やってること。
それを彼にも分けてあげてる。
その結果、彼もハッピーなようだ。
そんな風に考えるようにしてる。
そうじゃないと、ぶっちゃけばかばかしくてやってられないところもある。(;´Д`)
なんで私ばっかり?と
思おうと思えば思える。
仕事忙しいしね。
それをそのまま表に出して、
「私も働いてるんだから家事はしないよ」って言うこともできる。
でも、私の持論ですが、
男ってのは、
結局、衣食住が大事なんだと思うので。
衣食住を整えてくれる場所=帰る家なんだと思う。
よく胃袋つかむって言うけど、
ほんとだよ。
毎日の食事が健康的で美味しくて、
清潔で安全な場所で寝られて、
衣服を整えられたら
またあらたな仕事に出て行く。
その場所が、彼らにとっての結婚なんだと思う。
家に男は2人はいらない。
どっちも働いてるからって、
どっちも家事しないでいいってわけでもない。
なので、私はできる限り(ま、あくまでもできる範囲でw)
妻としてできることをしようと思う。
でもその際にも、
あくまでもこれは自分が決めたことで、
自分が自分のためにできるたくさんのことのほんの一部で、
彼にもおすそわけしてあげてるんだ!って思うようにしている。
でないと、恨みが積み重なる。
彼に何かをしてあげているという
気持ちが強くなりすぎる。
もちろん、2人のためのことを、2人ともが努力してやるのは当然のこと。
私も、あまりに私だけが家の何かをやっている状況だと文句も言います。
でもそれは、「あなたのためにこんなにやってるのに」ではなくて。
「2人のことだから、あなたもいっしょにやってよ」と言う。
私が何かの行為をするのは、あくまでも私の意思だから。
そんなことやってって言ってないじゃん、と言われればその通りでしょ。
勝手にやったんじゃん。勝手に尽くしてるんじゃん、ごもっとも。
だから、そうは思わないようにしてる。
あなたのためにではなく、自分のため。
私が相手に要求するのも、
あなたのためではなく、私のため。
そうやって、無意味な不満を自己生産しないように心がけてるのです。
もちろん、
そんな風にのんびり構えてやっていられるのも、
最終的には、彼が喜んでいる顔を見れるからだとは思うし。
「美味しいね」「またご飯食べたい」と素直に笑ってくれるからだと思う。
結果的に彼が私を愛してくれているから、
私にとっては、このすべての毎日のことも、
何とかやりぬいて行けるんだと思う。
それでも、忘れずに。
「彼のために」と尽くすより、
結果自分が楽しいから、と考えよう。
そうすればすべてのことに、気持ちが軽くなる。
相手にとらわれる気持ちも、
相手の反応行動にいらつくことも、
ぐっと減るんだと思うんです。