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  • 私を救って振ったある男の話

    私を救って振ったある男の話

    こないだ過去を思い返していたら、とある男友達のことを思い出した。
    私はわりかし自分の恋愛話をあっちこっちで披露する癖があって、(だから恋愛ブログなんかやってるんだけど)その中でもしょっちゅう出てくる、
    「元カノを忘れられず散々振り回した挙句別れた男」(超地雷!)とか、
    「細く長く付き合ってたけど最後は長期間二股かけてた男」(私も引っ張りすぎ)とか、「夢のために君とは結婚できないとか言って逃げた男」とかは、思い出す回数も多いんだけど、その中でも、ほとんど思い出さない、
    ある一時期好きだった男のことを思い出した。

    思い出さない=たいして好きじゃなかった、ってわけじゃなくて、
    その数年の間は、ほんとにほんとに好きだった。すごい片思いしてた。
    全然かっこいい男じゃないのに、なぜかモテる男で、たぶんライバルもいっぱいいて、ほぼ勝ち目はなかったけど、
    その時は、彼がいるから世界が輝いて見えるくらい、好きだった。
    最後は、結構ストレートに迫って、結局振られた。

    で、その男を何で思い出したかっていうと、彼は私を救ってくれた人だから。

    私を振った男は星の数ほどいる。
    私を追いかけてくれた男は・・・・まぁ片手で足りるくらいだけど、いる。
    でも、私を救ってくれた男は、彼くらいしかいないのじゃないか。
    あと夫か。(笑

    彼は、まったくモテない、イケてない時代の私と知り合って、
    私自身が自分を、「モテない、イケてない」って自虐ギャグで笑ってたのに、
    ふわっと笑い飛ばして、「いや、かわいいよ」って言ってくれた人だ。

    彼流の冗談だったのかもしれないけど、彼が、何度も何度もみんなの前で、
    「この人はかわいい」ってハッキリ言ってくれたらから、
    私は、生れてはじめて、自分にもかわいいところがあるんじゃないかって思えた。

    私はすごく自分に自信がなくて、いつも、自分なんかちっともかわいくないって思ってた。自分が片思いしている男に対して、「私なんかに好かれてもちっともうれしくないだろうな。私がもっと美人でかわいくて、誰もが好きになってくれるような子だったら、彼を幸せにしてあげられたのに・・」なんてぐじぐじ思ってた。

    自分で自分をちっともかわいくないと思ってる女が、かわいいわけはない。

    彼は一体何を見て、私をかわいいと言ってくれたんだろう。
    もしかしたら、小さい子供がかわいいとか、猫や犬がかわいいとか、
    爬虫類や怪獣がかわいいっていう乗りだったのかもしれない。

    でも、実際、彼が「かわいい」と連呼するうちに、私は、彼の前ですごく素直になれたし、自分が本当にかわいくて、魅力的な女の子であるような気がしてきたのだ。
    だから、彼本人にはあっさり振られちゃったけど、そのあとも、
    「かわいい(ところもある?)自分」を受け入れることができた。
    それまでは、恋バナすら分不相応だと恥ずかしくてしなかった私が、
    「意外と恋多き女です」っていうキャラに変化して、徐々に受け入れられていくことになる。
    まったくモテなかった20代が終わって、30代になって、
    自分でもビックリするくらい、恋に積極的になった頃だ。

    ちなみに、

    彼には振られたけど、まったく彼を恨む気持ちはなかった。
    むしろ、彼は、下心もない女相手に、そこまで「かわいい」って言ってくれたんだ、イタリア人か!!と心底感動した。
    彼は、なんていうか、私の天使みたいな人だった。

    人生を変えるために必要なのは、白馬に乗った王子様だけではない。
    100人、1000人の賞賛でもない。

    たった一人、自分が信頼する人が、
    自分を、「かわいい」「魅力的だ」と認めてくれるだけで、
    人生はサーッと雲が晴れたように明るくなる。

    今も、彼が私にくれた言葉の数々が、キラキラする砂金のように、
    心の中に残って輝いている。
    きっと彼自身も忘れてしまってると思うけど。

    もしもあの時、彼に出会ってなかったら、
    私は今も、自分は可愛くなくて魅力のない女だって、自分を卑下していたかもしれない。そしたら、恋愛なんか怖くてできなかったかもしれない。

    彼は、私のことを振ったけど、(馬鹿みたいに丁重に、私を傷つけることなく拒絶した)でも今でも、私の中では、たいせつな好きだった男の一人なのだ。

    そういう出会いがあったこと、いまはしみじみ感謝しているし、
    私も、願わくば、誰かの人生の中で、ポッと灯りがともるような存在になれたら
    なんてすばらしいんだろう、と思う。
    まあ、到底無理な話だけど(笑




  • 占い師を信じた私の末路

    占い師を信じた私の末路

    世の中には、リアルに、大金持ちとかで、お抱え占い師がいて、
    ご神託を聞いて何事も決めるというスタイルでいるっていうのを、
    会社に入って初めて知った部長です。こんにちは。

    いやマジで過去に金持ちの娘さんが、
    「うちの父の占い師に彼はやめろって言われたんで結婚を断念した」っていうのを相談され、ほえーーー!金持ちって斜め上行くなーって思った。世の中にはいろんな価値観があるねと。

    だがしかし、私もよく考えると、めっちゃそういうのに弱いんだわ。実は。
    ほんっと、恋愛占い大好きだったし、よく当たるっていう雑誌の占いから、
    スピリッツの占いまで、占いがあればフムフム読んで一喜一憂してたし、
    街中を一人で歩いてて誰もお客がいない辻占い師がいればフラフラと吸い込まれてしまうことも何度も。
    全然お金持ち馬鹿にできない。
    私のほうが、得体のしれない人にばっか聞いてるだけタチ悪い(爆。

    そんな私が、占い師を信じ、そして二度と信じるのやめようって思ったかが今日の話。占いに興味ない人は、ここから引き返してOKです(笑

    ちょうど30代の半ばくらいでしたかね~。
    実はちょっとしたことで彼氏とケンカして、
    なんかうまくフォローができなくてあっけなく別れちゃったことがあったんです。自分では、結婚したいと思えるくらい大事な人で、
    人生で初めて、友達付き合いが長かった中からある日突然昇格した彼氏。
    だから、なんでも話し合えたし、すごく合ってる!って思ってた。
    まあ、今思えば致命的に合ってない価値観があったので、
    結婚してたらケンカが絶えなかったと思うんですけど。

    で、その彼と別れて毎日泣き暮らしてて、まだまだ未練がいっぱいのころ。
    夜家に帰ってきたら、駅前にいつもいる占い師が目に入ったんです。
    いつも必ずお客さんがいる占い師でしたが、その日はたまたま誰もいない。
    これは、もう、座れってことだ!って思って、迷わず座りましたね。

    その時の心境は、
    「誰でもいいから、彼はお前に合ってなかった!って言ってほしい!!」
    って感じ。自分では思い切ることができなかったから、赤の他人に言われれば、落ち着くかなって。

    で、なんか手相見たり易?(なんか棒じゃらじゃらするやつ)とかで
    彼と自分の生年月日言って、最近別れたってことも伝えて、見てもらった。
    私はほんと、「ああ、彼とはもう縁がないですね」の一言が欲しかった。

    でも、占い師が言ったのは。

    「ああ、彼はすごい運命の人ですね。~~~~~(間の説明は全く意味不明)
    彼を逃しちゃいけませんよ、すごくいい相性です!」

    え、ちょっと待って、最初に別れたって言ったじゃん。相性いいのは知ってるよ付き合ってたんだから。何言ってんの。

    でも、占い師は不機嫌そうに、
    「こんないい彼氏と別れるなんて馬鹿ですね。
    なんとか縋り付いてでも復縁しなさい。」って。
    おい!それ、できるならとっくにしてるって!

    結局、めちゃくちゃもやもやする、というか後悔がどっと襲ってくる形で終わりました。

    もちろんそのあと彼氏と復縁なんてできなかったし、
    なんなら元カレにめっちゃ避けられて全然音信不通でした。
    (全然運命じゃない!)

    もうその時点で信じなきゃよかったんだけど、
    私はそのあと新しい彼氏ができて、めっちゃラブラブな時に、
    つい浮かれてまたその占い師のところに行ったんですよ。
    今度の彼とは結婚できる??どう??って。超気軽に。

    そしたら、今度はその占い師が言うには、

    「なんと…彼はあなたとは運命的に相性が悪い星ですね。もし彼といっしょにいるとどちらかが死にます。特に○○年、この年が危険なので、結婚していたとしても、その年は籍を抜くか、別居したほうがいい。」

    ガビーーーーーン!!!!マジか。
    なんで?せっかくできた素敵な彼氏、
    今度こそ結婚できる!と思ってた矢先にそれ?!
    なんで私そんなに不幸なの???

    それからというもの、ネットで「星のめぐりが悪い彼氏 結婚」とか
    下らん検索ワードで調べまくったり、
    ブログで自分に言い聞かせるような記事書いたり
    (その頃はもういばら道やってた)したんだんけど、
    一度刺さった棘は絶対に抜けなくて、彼と何かがあるたびに、
    「ああ、私たちやっぱり一緒にいたらダメな運命・・。」
    「相性が決定的に悪いのね。」と思っちゃって、
    どうしても、その考えが抜けなかった。

    そのあと、私は短期留学して、その先でまたしても外人の占い師に騙されてひどい目に遭いかけるんだけど(爆)、それはまた別の機会に。

    でも結局思ったのよ。いろいろあった最後に。

    いいことも悪いことも、他人にもっともらしく言われると、
    ちょっとでもそれを信じた時点で、それは未来になってしまうんだ、って。

    人は、自分でイメージした未来へ向けて自分を寄せていくって言う。
    別れるかな・・っていつも不安がある人は別れる方向に無意識に行動を「寄せていく。」

    一度耳にしてしまったら。それを信じた時点で、もう聞く前には戻れない。
    決して。

    たとえば、大昔、できたばかりの彼氏を友達に紹介したら、
    「あなたみたいな顔も平凡な子が彼みたいな人には釣り合わない。きっと浮気されるよ」って言われた。悪気はなかったのかもしれないし、冗談だったのかも。彼がカッコイイって褒めたかっただけなのかも。
    でも私には、その言葉でグサッとへんな棘が刺さってしまった。
    そのあと、彼に、いちいち浮気疑惑を持って責め立てて、
    最後はホントに二股かけられて別れた。

    ほら、その友達の言う通りじゃん!って思う?
    いや、私は自分が悪いんだと思う。

    私がずーっと「彼は浮気する」「彼とはうまくいかない」
    っていうイメージを持ち続けたから、彼とはうまく行かなくなったんだ。
    自分で自分のイメージに未来を寄せてったんだって。

    だからね、私たちは、言葉ってものを、
    そこから受け取るイメージをあまり甘く見ないほうがいい。
    安易にアドバイスとか受けないほうがいいし、未来を決めるような大事な相談を、見ず知らずの得体のしれない人に託さないほうがいい。

    そこから受け取った言葉や、イメージは、私たちのことを本当に考えてくれているものではないことがほとんどだ。
    ある人は、「もっと依存してほしい。もっと金を落としてほしい」という悪意があってその言葉をよこしているかもしれない。(NYで私が引っ掛かった占い師はそういう輩だった)

    どんなにあとからその意図を知って、「あの言葉にはきっとなんの意味もない」と理性でディリートしようとしても、一度刺さった棘は絶対に抜けない。
    どんなに忘れようとしても、何度も何度もイメージとして繰り返されて、
    それはどんどん「事実らしく」強固に刷り込まれて行ってしまう。

    私が過去に占い師に言われた言葉、大体ほとんど覚えてる。
    「あなたは晩婚です」から始まり、「仕事のピークはもう来ない」だの、
    「あなたは結婚するまでは苦労の時代ですね」だの、「生まれる前に何か悪いことがって、あなたは悪い気をまとっている」っていう英語バージョンまで。

    恩師が言ってくれたありがたい言葉や、友人がくれたあったかい言葉と並んで、全く私を知らないはずの、超無責任な他人の言葉が、ここまで人生の中に鎮座している。それってまったくナンセンスだと思う。

    でも、それが現実なの。一度刺さった言葉の棘は、
    ネガティブであるほど、抜けない。
    そして、自分で確かめようがないことだからこそ、抜けない。
    (前世になにがあろうと私にはどうしようもない)

    だからね、そういう無意識に私たちの未来を破壊しにくる言葉から身を守るには、まずは言葉自体を入れないようにするしかない。

    聞いちゃったら最後、なんだから、
    まずは安易にそういう言葉を「もらいにいかない」こと。

    どんな簡単な占いでも。毎月のホロスコープでも。
    耳に入れるな目に入れるな。読むな。信じるな。
    そんなものを見て一喜一憂するくらいなら、私のブログを読んでくれたほうがよっぽど恋が進展するよ。(爆

    あとは、占いだけじゃなく、なぜか根拠なく断言する系の友達の言葉も聞かないに限ります。いい年になったら、恋愛相談も、相手を選んですること。

    本当に自分のことをよく知ってて、どんな風に思うかを配慮してくれる人以外には、安易に相談しないことをお勧めします。

    ちなみに。私は、今の旦那との相性占いは一回もしたことないです。
    そんで、これからも占うつもりはないです。
    ついでに、付き合ったことを誰にも言わなかったし、
    結婚が決まってから初めてみんなに公開しました。

    私と旦那はベストマッチ!それは私が決めればいいことなんだもん。
    だって、結婚したら死ぬのあたりまえじゃん。誰だって最後は死ぬんだから!!
    死ぬまでいっしょにいられたら、それが本望、だよね。


  • 穴掘って埋まりたいくらいの絶望は、ある日突然、理由もなくやってくる。

    穴掘って埋まりたいくらいの絶望は、ある日突然、理由もなくやってくる。

    なんか最近、ちょっと情緒不安定になったりすることがあります。

    夜中突然、「あーーー!私ってホント全然ダメ。ほかの人に比べて何てダメ人間なの!!いいとこなんもないーーーっ!穴掘って埋まりたい!!もう恥ずかしくて会社行けない!!」みたいな。

    よくわからないんだけど、理由は特にない。

    なんか突然自分が、周りの人に比べて無価値、無能に思えて、もうこれ以上生き恥さらせねえ!みたいな。

    昔から、すごく自己肯定感が低くて、謎の劣等感に常にさいなまれてた。だから、唐突にビビって、肝心なところで力が発揮できなかったり。恋愛でもめっちゃくちゃ卑下してしまい、相手に対して卑屈になっちゃったり。もうね、ずっとなの。ずっと戦ってる気がする。自分と。(-_-;)

    でも、最近さすがにこの年になって、わかってきた。

    この不安、この落ち込み、この絶望に理由はない。原因もない。つまりは、明確な根拠は何もない。

    ただなんか、お天気や湿度みたいなもんで、「変な精神環境」「変なモード」に入ってるだけだってことだ。昔は、そういう時は、ただ布団かぶって家にこもって、嵐が過ぎるのを待ったものだけど。

    今回は、さすがに仕事もあるし子育てもあるので、そうもいかず自力で何とかしようってことになった。で、いろいろ掘り下げて考えていくと、このぼこっと欠落した自信、「自分ってダメ人間」っていう「気分」の理由は、全部過去にあるってことだ。

    なんか最近たまたま読んだWEB漫画にもあったんだけど。
    自己肯定感のなさって、過去に原因を求めようとする傾向があるじゃない。親がそういう育て方をしたんだとか。失敗した過去の経験があるだとか。でも、そういう過去の事象に、自分であえて「捉えられに行ってる」んじゃないか???って。

    人間って、物事を変化させたくないから、あえてそれまでの自分から変わらずにいる方向を志向しちゃうんだってさ。例えば、自信がないがゆえに、外に出ていかない、新しいことにトライしないっていうのは、「自分がそういう選択をしているから」ということになる。
    私の場合は、「ダメな私」「自信がない私」がゆえに、「失敗が繰り返されてなんの価値もない私」が過去に積み重なっていると信じることで、新しいことを始めない言い訳をしている。
    どうせダメな人間なんだから、新しいことをスタートしたって無駄だって。
    新しい自分になんかなれっこないって。

    それは、自分で何度も何度も繰り返し自分にかけてきた呪いなんだ。

    ほんとに何かを成し遂げるって何かな?って考えた。
    価値のある人ってどうやって目的を完遂できたのかなって。

    それは、きっと、失敗した過去を、失敗だと思ってないからだよね。

    失敗=自分=ダメっていう風に考えなかったから。

    過去を、自分の言い訳に使っていないから。つねに、今と未来しか見ていないから。

    何かをしようと思う時に、必ず過去を振り返る私。
    私に価値があるのか、その資格があるのか、と自分に問いて、必ず否、と言ってしまう私。
    それは、きっと、今も未来も見ていないから。過去の自分から変わりたくないから。その場所にいたいから。

    いつまでも、何か他のことを理由に動かないようにしているだけなんじゃないかなって。たとえば、親から受けた言葉だの呪いだの。過去の失敗だの。自分には能力がないっていう言い訳だの。

    そこまで考えたら急に霧が晴れたようになってね。

    ああ、そうだ。私は、何も失敗してない。未来への成功のための試行錯誤をしてただけなんだ、って。

    今から始めれば、来年、5年後、10年後に始めるよりずっと大きな成果が出るんじゃないのって。続ける勇気さえあれば、ね。

    そんな風に、考えたのです。

    で、さっそく今日からいろいろ思いついたことを始めることにした。

    過去に失敗したと思って封印したことを書き出してみて、もういっぺんそれを成功に導くにはまず何をしたらいいかな?ってメモしてみた。

    そういう小さなことが、きっと、明日への勇気につながるんだ。

    そう思ったら、なんだか死にたいほど落ちてたのが、嘘みたいに元気になりました。

    結局、落ち込んだり、絶望したりってのは、心の持ちようなんだなって、改めて。
    心のちょっとしたPHの傾きみたいなもので。
    少しのものの見方の変化や、違う行動で、もしかしたらすごく簡単に抜け出せたりするものだったのかもって、思いました。

    今までずーっと苦しかったのになあ。こういうことだったのかー、と。
    年を取るのもそんなに悪いことじゃないですね。

    ということで、今日は超久しぶりに、放置してたブログもいじくっております。(笑)
    ブログも、恋愛相談も、恋愛部長活動も、ほんとは大好きで、やりたくて、でもちょっと毎日の生活に追われて、見ないふりしてたことだから。

    やっぱり、好きなことを真ん中に置いた人生がいいなって。

    そういう風に生きたいなって思った今日です。

    またこれからぼちぼち、恋愛のことじゃないかもしれないけど、ブログを更新しようと思いますので、どうぞお付き合いくださいませ。

  • 何が合うとうまく行くか

    何が合うとうまく行くか

    お久しぶりです。

    やっとこさ、仕事がひと段落したので、久しぶりにブログを更新しますー。

    (なかなか更新できなくてすみません。。)

    最近ふと思ったことなんですが。

    結婚してうまくいくかどうかって、二人の基本的な倫理ポイントの合致度にかかってるなーと。

    たとえば、小さなことで言うと、「遅刻しても大丈夫か、大丈夫じゃないか?」とかさ。

    うちは、遅刻できない夫婦なので、二人とも、よその家族と約束してたら、

    わーわー大騒ぎしながら、時間より前に着くよう準備する。

    でもこれ、二人のうちどっちかが、遅刻全然無問題!って人だと、もう片一方はすごいストレスだと思うんだ。

    会社の規則にものすごく従う!絶対に!みたいな倫理観だったり、困ってる人がいたら絶対助ける!だったり、挨拶は人の基本中の基本!だったり、

    毎日の生活の中で、普通に持ってる、それぞれの倫理観。価値観。ポイント。

    そういうのが、なるべく近しい人とじゃないと、うまくやっていけない。

    極端な話、他人に迷惑かけても気にしなーい!っていう価値観が一致していれば、

    その夫婦はうまくいくだろうし。(そんな夫婦やだけど)

    もしかしたら、浮気しても気にしなーい!っていう価値観が一致してれば、お互いに浮気し放題で幸せなのかも。

    とにかく、自分にとって何がゆるせて、何がゆるせないかって、ホントに個人個人の差がある。だから、一概に、こういう人と結婚するのが幸せ!とは言えなくて。

    それよりかは、自分の価値感と同じものを持っている人と暮らしたほうがいいよ、と言いたい。

    お金の使い方とかもね、そういう倫理観っていうか価値観?が関係してくる。

    お友達にお呼ばれした時に、どれくらいのお土産を持参するか、とか。

    お礼やお祝いの品をちゃんと送るかどうか、とか。

    ハッキリ言って、その辺の価値観が合っているなら、それ以外の趣味だとか職業だとか、学歴だとか、教養レベルだとか、別にバラバラでもいいんじゃない?とすら思う。

    若い頃は、すごく相手の肩書や学歴にこだわってた馬鹿な時期があった。

    それって、たぶん自分に自信がないから、なんか素敵な肩書や学歴を持つ、

    いわゆる一般的に「素敵」と思われる男性に認めてもらうことで、

    ようやく安心できるような気がしてたんだと思う。

    もしくは、肥大化した自意識で、自分に釣り合うには、それくらいの肩書や学歴が必要だって思ってたのかもしれない。(実際は、肩書や学歴あっても、全然素敵じゃない男なんかザラっといて、そんな「尺度」は何の意味もないんだけど)

    自分が自分を認めてあげて、自分には本当の意味で、人として愛される価値があるんだ!って

    信じきれないと、やっぱり相手の本質を見て、「私がこの人を選ぶんだ!」って

    自信も持てない気がする。

    「この人は○○に勤めてるし、素敵な家に住んでるし、仕事も出来て、お金も持ってるみたいだし、・・・」なんて見方で相手を選んで、果敢にアタックしたところで、

    本当に自分の性質に合っている人でないなら、結局うまくいかない。

    案外大して好きではなかったけど、打算で「この人いってみっか」みたいに近づいたら、

    まったく箸にも棒にもかからず、かえって傷つく・・みたいな恋を過去したことあるんですけど。

    そりゃそうですよ。

    こっちがいい加減な尺度で選んでるんですから、合ってないわけですよ。

    お互いにね、合わない人と時間を共有するのは人生の無駄なんです。

    やっぱり本気で、生涯一緒にいられる人を探す!というなら、

    いい加減な尺度で相手を選んじゃいけないね。

    それは、見た目だの、肩書だの、学歴ってことです。

    表面的な趣味や、嗜好のことです。

    ハッキリ言って、趣味だって、時々で変わるしね。

    うちの旦那は、スポーツ一辺倒な人だったから、昔は活字全然読まなかったけど、

    結婚したあと、今は、私よりいっぱい本読んでる。毎日毎日読んでる。

    次々本を買って帰ってくる。

    結婚する前はスマホでゲームばっかしてたのに。

    いまはゲーム一切合財、時間の無駄だと捨ててしまいました。

    別に私は何も言ってないのに。

    何より、うちの旦那とは、倫理観が合うんです。

    日常生活の同じところで怒ってる。

    「何それ!むっちゃ腹立つじゃん!」ってお互いに言い合える。

    「うちはそういうのしないどこうね」って言える。

    それが幸せなんじゃないかなーと思う。

    もしそういうのが違ってたら、すごくイライラするはずだもの。

    もしもまだ結婚相手を探し中!と言う人で、どんな人にしようかなーと思っているなら、

    ぜひ、「この人と倫理観は合うかしら?」と考えてみてください。

    「この人のこういう部分は私の倫理観に合わず、ドン引き・・」みたいな部分が一個でもあるなら、結婚は考え直したほうがいいかもです。

    そういう部分が、案外、生活の中では大きな意味が出て来ちゃうものなんですよね。。

  • できない理由を探す人生なんてやめよう

    できない理由を探す人生なんてやめよう

    非常に久しぶりすぎて、ちょっと指が震えます。恋愛部長です。

    もう誰も更新を期待してここに来てくれる人はいないのかな?と思いつつ、(;´Д`)

    またぼちぼち活動を再開しようかと思っているところです。

    いや~、ここ数か月はホントに、育児に家事に、保育園のもろもろの活動に忙殺されておりました。。

    ただただ子どもたちの世話に明け暮れ、毎日毎日、スケジュールとにらめっこで、

    「はい、次はこれやって!次はこれ行って、あ~もう夜だ!ねなさーい」と、

    あっという間に日が暮れる。一日がほんと短い。

    5年前はまさかこんな暮らしを自分がしていようとは思ってもみなかったので、

    いやもう、人生はほんのちょっとのことで、がらりと変わるもんだなぁとしみじみです。

     

    それでも思うことは、

    自分がこうしたい!こうありたい!と思う人生へ舵を切れるのは自分しかいない、ということ。

     

    どこかから素敵な男性が降ってきて、私の生活をがらりと変えてくれるのをずーっと待っていた2,30代。

    でも結局、自分の人生を大きく変えたのは、自分の決断だけだった。

    もちろん、出会いや、出産は、神様の采配で、運でしかないんだけど、

    なんていうか、自分で「こっちの方向へ行くんだ!」と決めなければ、

    きっとそういう出会いも、運も、回ってこなかったと思う。

     

    よく言うんだけど、

    「~だから、できない」ではなくて。

    「~するんだ!」があって、ではどうするか?を考える。

    たとえば、すごく些末な例だけど、

    「部屋が狭いからこれは買えない」ではなくて。

    「絶対これを買う!だからどこへ置くか考える」っていうこと。

    この小さな発想の差が、いろいろなことに大きな差で出てくる気がしています。

     

    私はずーっと、前者の発想で生きてきた。

     

    私は忙しいから結婚できない。

    部屋を片付けられないから、誰かとは暮らせない。

    これ以上私の生活には誰も入るスペースはないから、無理。

     

    そうではなくて、

    「何が何でも結婚はする!子どもも、可能性のある限り絶対に産む!」

    そう考えてすべての考えをひっくり返したら、

    今すぐやるべきことが見えてきた。

    (実際、それで急に家の掃除とか整理とかもした)(笑)

     

    自分で、こうするんだ!と思う力が弱いと、本気じゃないと、

    どうしても、「そうできない理由」を並べたくなる。それが人間。

     

    でもその「理由」を大事に大事に抱えている間は、何も変わらないんだってこと。

     

    結婚したいしたいと言いながら、何も生活を変えなくて、

    出会いにも行かなくて、

    できない理由ばかりを並べて、

    このままでいい理由も並べているなら、

    人生の何も動かない。

     

    人生は、動かす意思と、方向性があれば、動き出すんだから。

     

    そんなことを書きながら、私自身は、次の人生をどう動かすかについて、

    いまとっても悩んでいて。

    自分に言い聞かせるために今これを書いているようなものです。(;´Д`)

    人生のゴールなんかないし、理想の暮らしなんかもない。

    どっちに向かって自分が生きていくか、

    その舵を、つねにとり続けるだけなんだなぁと。

     

    子どもがいようが、生活を守らなければならなかろうが、

    そんなことを「理由」に、何もできないことの言い訳をしたくはない。

     

    まだまだ、私には、他人を猛烈に「うらやましい」と思う情熱がくすぶっていて。

    それの正体を、よく見極めたいなと思っているところです。

     

    前も書いたけど、「うらやましい!」って胸がキューってなるほど思うことって、

    決して悪いことではない気がしていて。

    それは、自分が心の底で本当に望んでいる人生の要素を必ず含んでいるように思うんです。

    たとえば、30代の終わりに、一番私がうらやましい!って思ったのは、

    仕事もバリバリできる優秀な先輩に子どもができたときでした。

    他の人が仕事で成功するより、贅沢な暮らしをするより、

    子どももいて、仕事もできる、その姿が、私の思う理想だったんだと思う。

    最近は、また別の人に、猛烈にうらやましさを感じました。

    それは秘密だけど、それで自分はまだかなえたい夢があったんだなぁと気が付いた。

    それをこれからの人生でどうやってかなえていくのか、

    これから考えようと思う。

     

    私にとって、「うらやましい!」は本能の声なんです。

    別に、のべつまくなし幸せな人すべてにうらやましいなんて思ったりしない。

    基本は自分の人生にとても満足しているんだけど、

    時々嵐のように襲う、強烈なうらやましさには、きっと意味があるんだ。

    そう思う。

     

    なんだか久しぶりでとりとめのない話になってすみません。

    少しずつ、勘を取り戻しながら、ぼちぼち書きたいものを書いていこうかと思いますので、

    お時間あるときにお付き合いくださいませ。

  • 結婚のメリット・結婚しないメリット

    結婚のメリット・結婚しないメリット

    最近、バツイチ独身貴族の後輩男子と会話してて、

    彼にやたらと、

    「そういう話を聞くたびに、結婚したり子供つくったりしたくないなーって思うんですよねー」

    と言われちゃったので、やっべー!となり。(;´Д`)

     

    いやいや、「結婚いいよ。たのしいよ。」って言ったんだけど、

    むっちゃ懐疑的な目で見られ、

    「全然説得力がない」と言われてしまいました・・・ダヨネ_| ̄|○

     

    なので、ちょっと冷静に考えて、ホントに結婚するメリットってなんなんじゃ?ということについて語ってみようかと思います。

     

    つーても私もまだ結婚生活5年選手なので、大したことは言えないと思うんですが・・(;´Д`)

     

     

    私が思う、結婚のメリット。それは、実は、

    恋愛感情とは恒久の感情ではない、という発想に基づいております。

     

    なーんて言うと、結婚反対派からは、それ見たことか!結婚はまやかし!自己満足乙!とか言われちゃいそうなんですが。。

     

    でも実際さ、恋愛感情って言うのは、そもそも論、

    子どもをつくらせるためのドライブと言うか、ブースター機能なんですよ。生殖上。

    子孫を残したいというプリミティブな本能があり、そのために突き動かされる感情が、恋愛感情。乱暴ですが、大本は、それです。

    恋をすると、しばらく盲目的になり、相手の悪い部分も見えなくなり、

    そして衝動的に相手といっしょにいたくなり、独占したくなる。それは、すべて、

    そうやって理性を遮断し、一気に本能の赴くままに子供をつくらせてしまわんがための

    生物的な営みだったりすると思うんです。

     

    男が若い女の子を好むのもそれです。

    たくさんの女子にモテたくて、あっちこっちで精子ばら撒こうとするのも、それ。

    そして、女子が、ハイスペ男子にポーッとなるのも、それ。

    いかに自分の子孫が有利に残せるか、というDNAの働きで、いろいろな選択がなされている。

    それは、完全に理性的な選択ではなく、半ば本能、感情の赴くままだと思う。

     

    そして、それは、人生7、80年だとして、そのうちの、若い頃。2、30年間くらいに集中する。ヒトが恋愛に我を忘れるのは、10代の最後から、せいぜい40過ぎくらいまで。

    その間に、一体何回恋愛をするんでしょうか?

    人によっては、真剣恋愛を10回くらいはするかもしれません。

    なぜなら、人の恋愛感情とは、3年めくらいからどんどんもり下がって行き、大体4年で一区切りつけるから。

    どんなに夢中だった相手にも、4年で冷静な見方を取り戻してしまう。

     

    これがお猿とか他の動物だと、

    4年ごとに相手を変えて生殖活動をしていくのかもしれないけど、

    人間は、数少ない子供を家庭および地域コミュニティで育て上げるという社会システムなので、

    どうしても長い期間、「親」が子供のそばにいる必要がある。

    なので、結婚と言うシステムが発展してきたわけですね。

     

    人間のホルモンは、よくできていて、

    恋愛中は、興奮物質のPEAがドーパミンなどを出させますんで、

    寝ても覚めても元気に相手を想うことができ、万能感を得られますが、

    3年を境に、そのホルモンは出なくなり、代わりに、

    幸福ホルモンである、オキシトシンという物質が分泌されるようになるんですね。

     

    これは、その名の通り、心が平安になり、安定感が出て、

    穏やかに幸福をかみしめられるホルモン。(母性ホルモンでもあります)

     

    これを、男性が出せるようになると、恋愛の激しい希求から、穏やかで安定した幸せを感じる状態に移行します。

    (ちなみに、オキシトシンをよく出している男性は、誘惑に強く、浮気しにくいらしい!です)

     

    というわけで、結婚とは、恋愛の盲目的で、パワー炸裂、無我夢中な状態から、安定した穏やかな幸せへの移行であると考えられるわけです。

     

    恋愛の精神が興奮している状態は、そんなに長く続くと、人間の神経を破壊してしまうほど刺激が強いので、結局恋愛とは、3,4年を目安に冷めていくしかないものなのです。

    それに比べて、

    信頼するパートナーと触れ合い、安心し、安定した心理状態を守ることができる、

    ポスト恋愛時代の関係は、長く続く、精神的に満たされた状態だとも言えます。

     

    これが、一見、「恋が冷めた」とか、「もはや彼を恋愛対象と見れない」的な

    ネガなとらえ方もできるせいで、

    世の中的に、恋愛>結婚的な見え方をしてしまうのでしょう。

     

    でも、よ~く考えてみると、

    一生ドキドキした恋愛を続けるのって、そもそも求めるほうが無茶だって私は思うんですよ。

    ずーっと恋人のようなカップルって理想ですけど、結局、いっしょに生活していれば、3年たったころには、ドキドキなんかしなくなるわけです。

     

    で、それでも、「ずっと女として求められたい!」みたいに思うのって、私は、どこかの欠落のように思うわけで。

    オキシトチンが結婚相手との間で十分に分泌されていないからなのか、

    それとも、よっぽど尊敬できない相手と結婚しちゃったのか、

    はたまた、「ドキドキしてなきゃ人生じゃない!」という思い込みを持っちゃってるのか、

    だと思うんです。

     

    人間は、あるところで、自分が愛されてかわいがられるよりも、

    だれか自分の血を受け継いだ者だったり、社会の中で守るべき対象だったりを、

    育てていくために、気持ちがシフトして行くのが普通で。

     

    いつまでも、愛され願望、若い子と張り合いたい願望でいるのは、しんどいだけだと思う。

     

    そう、生涯女でいたいのは分かるけど、そういう強迫観念でいると、かえって、しんどいだけだと思うんです。だって、女はいつかは歳を取り、競争力を失っていくんですから。

     

    私はね、いつまでもハラハラドキドキしていたいっていうのは無理があって、

    人間どこかで、家庭を持って、安定した生活の中に、自分の未来を築いていく、

    そして後継者を育てていくことに、幸福を見出す生き物なんだと思うんです。

     

    そこにメリットもデメリットもない。

     

    ただただ、自分が誰かのためになっている、

    誰かを育てて、誰かの未来の礎になっている、という実感。

    その充足感は、他の何物にも代えがたいものだと思います。

     

    たとえば、会社で後継者を育てている人は、そこに充足感を見出すかもしれません。

    社会活動をしている人も、社会の、顔も知らぬ誰かを救っていることに、

    満足するかもしれません。

     

    そういうことでもいいんですが、

    家庭と言う、一番身近なユニットで、

    自分が頼られ、自分の力を必要とする人を守り、

    自分のおかげで人生を幸福にできる人がいる、というのは、

    たぶん、何物にも代えがたい経験だと思います。

     

    そして、それを、配偶者というパートナーとともに、実現して行くためには、

    たくさんの試練を乗り越えなければなりません。

     

    男女ですから、考えも違うし、価値観も違う。

    感情的になるか、理性が勝つかも違う。

    毎日新たな発見をするくらい、

    全然違う生き物と共同で、この人生のプロジェクトを推進しなければならない。

    それが、何より、意義のあることだと思うんです。

     

    つまり、子育てだけではなく。

    結婚生活と言う、責任を伴った生活、関係性の中で、

    妥協したり、衝突したりしながら、相手を理解し、そして受け入れていく、

    さらには、誰にももう入ることのできない確固たる信頼関係を築くことは、

    長い時間と、近い距離からしか生まれないのだと思います。

     

    毎日、ずっとを、何年も。

     

    繰り返すことで、分かること。

    重ねることで、できるようになること。

    そして、いつでも新鮮におどろくようなこと。

     

    そういう毎日にこそ意味があり、重みが出る。

     

    それは、3年ごとに相手を変える、恋愛関係では絶対に到達できない境地だと思う。

     

    私の祖母が亡くなった時、

    脳卒中で倒れて半身不随になって、言葉もろくにしゃべれなかった祖父が、

    お骨を拾いながら、ボロボロ涙をこぼしてた。

    黙って、ボロボロボロボロ、泣いていた。

     

    その姿を見て、私は、

    私もこんな風に、ただ無心に泣きながら自分の骨を拾ってくれるような人を

    見つけたい、と強く思った。

     

    そういう境地って、たぶん、他人にはもはや想像もできない高みにあるような気がして。

     

    そこまで行ったら、もう、恋のドキドキがとか、

    倦怠が、とか、嫌悪感が、とかそんなこと、超越しているんだろうなと。

     

    老年にいたって、黙って手をつなぎ、ゆっくり穏やかな表情で散歩している夫婦を見たりすると、本当に、自分もそうなりたいなと思う。

    私も、男女の、夫婦の信頼関係が、長い年月をかけて行きつく場所を見てみたい、と思う。

     

    それはきっと、結婚して、何十年も経ないと見られない風景で。

     

    いま結婚数年だの、十数年だので、判断するようなものではないように思うんです。

     

    メリット、デメリットで言うと、確かに、当面、

    子育てのことで言い争いにもなるでしょうし、

    あれこれ規制されることもあるでしょう。

    自由でいたいのに、束縛される気持ちだろうし、相手に対する責任感が重くのしかかり、

    逃げ出したい気持ちにもなると思う。

     

    でも、その重み、その不自由さ、その責任が、

    すべて、人生に重さと深さを与えてくれる。

     

    その制約が、逆に、長い人生における真の幸福を、垣間見せてくれる。

     

    たとえば、独身だった35から40のころ、私は本当に、鬱でした。

     

    仕事も円熟の域に達し、経済的にも安定し、好きなことは何でもできるし、

    美味しいものを食べることも、行きたい場所に旅することもできた。

    欲しいものは、大体、手に入れられた。

    友人もいて、さびしくもない。

    趣味だってあって、毎日充実している。

     

    でも。

     

    でも、毎日ごみを出すたびに、虚しくなった。

     

    自分の生きるためだけに、自分が生きているという、当たり前の状態が、

    耐え難いほど軽く、虚しいものに思えた。

     

    誰かの何かを背負いたい。

    誰かのために、生きていたい。

    その激しい希求は、驚くほどでした。

     

    毎日出るごみの意味が、結婚すると変わるんです。

     

    結婚してからは、毎日のどうでもいいルーティーンが、

    とても得難いものに思えました。

    彼の洗濯物を洗って干すときに。

    家を掃除してきれいにするときに。

    ご飯をつくって生ごみを出すときに。

     

    ああ、私は、いま誰かを生かすために、生きているんだと。

    私の人生は、誰かの人生のためになっている、と。

     

    そのささやかな幸福が今も私を支えているのです。

     

    子どもができればなおさら、

    その毎日幸せは、未来へつながって大きく膨らみます。

     

    子どもがたくさん食べた食事の後片付けをするときに。

    子どもの着る服を畳んでいる時に。

    子どものできるようになったことを数えている時に。

     

    自分は、誰かを生かしていて、

    だからこそ、私も生かされている、と。実感する。

     

    そういう幸福は、

    誰かに、お姫様のように大事にされる幸福よりもずっと深くて、

    温かくて、たぶん一生心に残るもの。

     

    たとえ相手から何も返って来なくても、

    自分自身が、その時、そうしていることで得られる幸福を、知っている。

    だから、これに勝る幸福はないのではないかと思うほど。

     

    恋のドキドキも素敵でした。

    恋は私に、万能感を教えてくれた。

    勇気と、限りない多幸感をくれた。

     

    でも、そういう数年の激しい想い、切ない恋情を超えたその先に、

    燃え上がるわけではないけれど、熾火のように、じんわり心を温めてくれる想いがある。

     

    何も言わずともわかってくれる、

    何か苦しい時に、誰よりも先に、味方になってくれる、

    そういう安心感と信頼感を持てる人が、しかも他人が、

    そばにいるというのは、

    体験してみないと分からない幸福感なのです。

     

    結婚のデメリットは、もちろん、相手との不和でしょうし、

    相手との衝突だったり、相手から受ける攻撃だったり、それに対処する面倒さだったりするでしょう。

    金銭的な不安もありますね。

     

    でも、そういうデメリットは、本来は、もっと大きな幸福に向けて、越えていくべき

    小さなステップなのだと思います。

     

    そういう不和や衝突を超えることで、そこに対処する方法を身に着けて行くことで、

    だんだん心地よい関係を作り上げていく。

    そこをはしょることはできない。

    一足飛びに、幸福な関係に移行することはできなくて、

    いろいろなものを乗り越えていく過程こそが、

    結婚生活の醍醐味だし、

    そこで学ぶことが、人生の糧になるんだと思う。

     

    私は結婚してから、本当に、穏やかになったと言われます。

    仕事相手に対して攻撃的な口調で責めることもなくなったし、(笑)

    大概のことで怒る前に、こらえるようになりました。

     

    実は、旦那も同じように言われているようで。(笑)

    別人のように大人になった、と言われるそうです。

     

    人間て、いくつになっても成熟して行く生き物で。

    成熟した先でしか見えないものがあると思うんです。

     

    結婚したいけど、経済的な理由で結婚できない!という若者もいると思います。

    女子の側でも、相手が結婚に踏み切ってくれず、焦るケースもあると思います。

     

    でも今時、条件が整うまで待っていたら、結婚なんてできない。

     

    どこかでえいや!っと、恋の熱情の勢いを借りて、結婚に踏み切ってしまったほうがいい場合もあると思います。

    あとは、相手任せにせずに、自分も当事者意識を持って、結婚生活の維持のために、努力すればよくて。

     

    OLで給料が少ない人は、彼の稼ぎをフォローするために、

    もっとスキルを磨いて、いい仕事を探すとか。

    生活能力を上げて、生活費がかからないよう工夫したり。

     

    理想の暮らしをするために、結婚するのではなく。

    理想の人生を送るために、相手を選ぶことが大事だと思う。

     

    どっかの本のタイトルじゃないけど、(ごめん、まだこの本の中身は読んでない)

    年収350万の男を育てればいいんですよ。

    年収1000万の男を血眼で探すよりは。

     

    私も、「育てる」の、賛成派。

     

    できあがったいい男よりも、「結婚した後素敵になった!」と言われる男を

    見つけたほうがいい。断然、そのほうが幸せです。

     

    だって、相手から見ても、「お前のおかげだ!お前しかいない!」って思われるからね。

    (うちの父親なんかも、結婚前は全然イケてない男子だったのを、

    うちの母親がいい男に育てたと思う。

    会社員時代の晩年は、ナイスミドルで超モテましたw)

     

    大事なのは、自分が育てる余地があること。

    相手に、見どころがあるってこと。

     

    私の知り合いのご夫婦にも、

    素晴らしい目利きで、並み居る求婚者を押しのけ、

    「この人と人生を送ったら絶対に面白い!」と

    直感した男性を選んだ女性がいて。

    その方は、結婚当初はただの新入社員でしたが、その後ぐんぐん出世されて、

    大企業の役員まで上り詰めていました。

    そして引退された今でも、手をつないで旅行しているような、ラブラブカップルです。

     

    結局、どの相手とこの先の人生を送って行くかは、自分の目、直感に頼るしかない。

    今ある彼の肩書だの、経歴なんか、正直、関係ないと思うんです。

     

    それよりも、自分が切磋琢磨し、

    本気で喧嘩したり、言い合ったり、でも仲直りしたりして、

    感情のやり取りをしながら、関係を構築して行ける相手かどうか、が大事で。

     

    男性からしたら、見た目とか若さとか、セクシーさとか、ちょっと料理が上手とか、全然関係ないからね!!(爆)

     

    女は、気立てですよ。誠意を持って、相手に尽くせる気性かどうか。

    子どもを育てるだけの、深い愛情を持っているかどうか。

    そして、働き者かどうか。

     

    そういう女性と結婚できたら、

    一生の宝物を得たと思ったほうがいい。

    男の人生は、配偶者で決まるから。

     

    話が長くなりましたが、言いたかったことは。

     

    結婚とは、長く続けることでしか見えてこない幸福の境地があり、

    そこへ行くまでは、一見いばら道にも見えるということ。

    だけど、そのいばら道を、越えて行くことにこそ、

    人生の意味があるのだと。

     

    達成感があり、そこを超えた人だけが共有できる、

    「そうそう!そういうもんなんだよ、人生は」という達観の境地に、

    至ることができることが、何よりも意義深いのだと思うのです。

     

    ・・・・・

    って、やっぱり説得力ないかも?!(;´Д`)

    全然結婚したい気分にならなかったらゴメンナサイ・・・。

     

    でも、ホント、

    いいよ、結婚。

    毎日、とてつもなく深い安心感と、幸せに包まれますよ。

     

    ただ消費して行く毎日ではなく。

    積み重なっていく人生とは、本当に、心を穏やかにしてくれるものです。

  • 心と体はつながっている

    心と体はつながっている

    コメント欄に書いてあって、「まさに!」だったので、

    今日は久しぶりに美容と健康の話など。

     

    私昔から推奨しているのが、美容と健康対策。

    というのも、心と身体ってものすごーく関係している、っていうか、もう一体化したものだと思うから。

    身体が疲れていたり、具合が悪いと、心の栄養も足りなくなってしまうのは、うつ病などの症例でも明らかですが。

    逆に、身体が健康で生き生きしている時は、活力が生まれて、魅力的に見えるもの。心も健やかで、多少のストレスがあっても跳ね返せる。

    これって、心の免疫力だと思うんだよね。

     

    私も昔々新入社員の時は、栄養とか健康とか超軽視してて、毎晩徹夜して、土日はぐったり一日中寝てて、顔色も悪く、イライラした子だった時期がある。あんまり具合が悪くて、何もする気が起こらなかった。

    でも、ある時ふと、「健康状態をきちんと管理すること、心を穏やかに保つことも、いい仕事をするためのコンディション管理であって、プロの仕事なんだ!」と気づいてから、すごく健康に気を使うようになりました。

    食べ物もちゃんとして、栄養のあるものを取る。それだけで、(徹夜とかは相変わらずしてたけど)心が元気に明るくなって、いろいろなことに挑戦できるようになった。交友関係も広がって、彼氏もできた。

    そういう好循環が、身体の健康→心の健康の順でやってくる。

    あんまり明らかに変化があったので感動したくらい。

    結局、うつ病とかって、最初の最初は、脳みその栄養不足が原因だったりする。不眠とかは、脳の疲労が取れなくなって起こるもので、まずは、脳みそが回復できない状態まで疲弊してしまうことが原因で。ただの睡眠不足だけでは起こらない。(私は朝まで毎日仕事してたけど、全然うつ病にはならなかった)

    もちろん、異常なプレッシャーや、ストレスがかかることが脳にダメージを与えることが直接の原因ではあるんだけど、それにしても、普段からの免疫力で差が出ると言うか。脳に十分に栄養が行ってないと、すぐに疲労がたまって、限界にきてしまうんじゃないかと思う。

    私は、昔から納豆とか味噌とか大好きで、脳の覚醒にレシチンがいいというので朝からよく食べてたけど、そのほかにも、枝豆とビールの組み合わせが意外にも脳にいいんだとか。(テレビでやってた)

    とにかく、脳みその疲労は心の健康にものすごく直結していると思うのね。気持ちが落ち込めば、何もする気が起こらなくなる。何もできなくなると、自分が嫌いになる。そして、だんだん自暴自棄になって行く。

    で、私がよく言う「恋愛コンディション」、なんだけど、

    これも、基本的には、普段のなんでもない物事の受け取り方にすでに違いがあって。

    相手のちょっとした言動行動が、ネガティブにしか受け取れなかったり、未来を悲観しちゃったりっていうのは、そもそもの物事の受け止め方、こっちの心の問題だったりするんです。

    心が元気な時は、何も感じないことが、気になってしょうがなくなる。

    普段バリバリ仕事に打ち込んでいると目にも入らない些細なことが、急に気が散るようになって、大事のように思えてくる。

    過去の嫌な記憶がよみがえって、何度も何度も繰り返され、周り中が暗く見えてくる。

    そういう心の不安定な状態も、実は根本の「心の健康状態」が問題だったりする。そして、心の健康状態には、身体のほうの健康状態(脳みその栄養状態)なんかが関わってたりする。

    ホルモンバランスが崩れるだけで、別人格みたいになるのは、生理前症候群(PMS)でもよくご存じの通りです。

    だからね、そもそもの恋愛コンディションを上げるためにも、普段の健康状態を整えて行くことが大事。そのためには、毎日の生活の中での、習慣が大事、なんですね。

    食生活とか、睡眠と休息のサイクルとか。

    で、冒頭の話に戻るんですが、

    私は、30代はじめ位から、ずーっと、毎朝青汁と豆乳飲んで、生下ろし生姜を入れた紅茶を飲む習慣を続けているのです。ブログでも昔紹介したことがありますが。昔は、そこに、夜ゆっくり30分以上半身浴につかるとか、瞑想するとかヨガをするとかも入ってましたが、結婚しても続けているのは、最初の、「青汁、豆乳、生姜紅茶」です。(そのほかは時間がなくてできない・・)

    でも、相変わらず、この3種の神器のおかげで、健康状態は良好です。

    豆乳はイソフラボンが女性ホルモンに似た成分なので、美容にいいですし、生姜紅茶は、身体をあたためるので、健康全般と、婦人科系の疾病予防にも効果的。生理も軽くなり、周期もあっという間に整いますし、便通にもすごくいいです。

    青汁は、もはや私にはなくてはならない大事な栄養源で、いまでもこれを飲んでいれば心がはつらつ、いつでも元気でいられます。(旦那も飲ませたら、すごく体調が良くなった!と毎日愛飲中)

    毎日、朝ご飯に加えるだけなので、習慣にしてしまえば全然苦にならないし、青汁も豆乳も、定期宅配で届くので、続けるのは簡単★

    身体の基礎が整っていると、本当に、心にもよい影響があります。

    ホントはここに、ヨガを加えたかったのが、難しかったんだけど、妊婦になってからまたマタニティヨガも始めました!

    これもまた瞑想とかが、今流行のマインドフルネス効果ですごくいい。ので、おススメ。

    とにかく、あまり無理しない程度で、毎日ずーっと続けることが大事なんじゃないかと思います。

    昔は、デートの前には、必ずランニングマシンで走っていた私。(そうすると、肌がピチピチになって血の気が差して、すごく若返るからw)

    あとは、ちょっと難しい本などを読書してから行くと、目がキラキラ好奇心にあふれた光を放つので、デート前にかならず読書してたっていうのもあります。

    身体と心って、つながっていて、メンタルが体にいい変化を及ぼすこともあるし、逆ももちろんある。なので、その二つを常に意識して、いつもイキイキ若々しい自分でいるようアップデートをしたいものですね。

    (最近では年下のママ友たちに、「その年齢とは思えないほど若いね!元気すぎ!」と舌を巻かれますw)

    皆様も、どうか体や心の健康を疎かにしないようにね。

    男性って、結局、いつでも健康に「保てる力」を持っている女性を、伴侶にしたいと思っていると思うんですよね。結局は。

  • 人間って動物だよね

    人間って動物だよね

    もう早いもんで、結婚して5年になるみたいなんですけど、

    (あまりにあっという間で実感がない・・)相変わらず、かわいいチビ娘と、元気の有り余ってる旦那と楽しく暮らしてます。

    4年前に子ども生んで1,2年はホント、初めての育児に疲れ果てていて、とてもじゃないけど、もうたくさん!って思ってたんですが、不思議なもんで、

    子どもが3歳くらいになって目に見えて手がかからなくなった途端、

    (いやマジで、言葉を扱えるようになると、急激に人間になるっていうか、これが本来人間の最初の形態なんだなって思うんだけど)

    急に襲われる寂しさ。

    「え?もう終わりか。この育児とか言う、みんなが大騒ぎして、ああもう大変なんです!!ママって!って騒ぐ日々は、この先どんどん楽になり、二度とは訪れないのか・・」と思ったとたん、どうなると思います?

    まさかの、「もう一人欲しい!」になるわけです。マジか。

    そのころ、急に周りのママ友にも、第2子ブームが訪れて、そうなるともうふわふわの乳児とか見ちゃって、のどから手が出る気分になるんです。

    すごいですねー人間て。っていうか、動物って(爆)

    猿のおかーさんがさ、子どもをウッカリ死なせちゃったりするとさ、他の猿の赤ちゃん奪い取って来ちゃったりするんだって。

    まさに、そんな気分?よその子だろうが、もう目線ロックオン!で、

    「あぁこんな赤ちゃんがほしい!ほしい!ほしい!!!」って目が血走ってくる。

    (;´Д`)

    なんなんでしょうね。

    そんなわけで、子供が3歳くらいになってからこの方、ずーっと赤ん坊欠乏症。

    勢い余って病院の不妊科にも行ってみましたが、全部検査した結果、

    「父母ともに何も問題はないです。これでできないとしたら、もうあとは年齢ですね

    と身もふたもない診断結果でした。

     

    まぁ、もう40代も半ばですし、無理だよなーと。(;´Д`)

    そんな感じでついにあきらめてたわけなんですけど。

     

    なんと。

     

    このたび、またもう一人お腹に家族がやってきました。

    今年の秋くらいに出産予定です★

     

    なんか、すごいな生き物の本能って。強いな。

     

    子供産んでからホント、この母性本能とかにむっちゃくちゃ振り回されてるし、マジでわけわからない赤ん坊欠乏症になったりして、すごいわ。理性とかじゃまったく説明つかんわ。

    いい歳でこれからまた一人乳児育てるとか半端ない試練なんですけど。

    とりあえず、今は突然やってきた新しい生命に感謝しつつ、おそらく人生で最後の出産を無事終えられるよう祈っております。

     

    しかし、いろんなところで、経済的な理由などで子供が産めない、育てられない話や、

    ワンオペ育児に対する不安などが語られていて、子育て系はつねに賛否両論、

    ウッカリすりゃすぐ炎上的な案件になってますけど。

     

    子育てはやってみればやってみたで、なんかすごい未知の世界が広がっていて、

    自分は人間様ではなく、一個の動物なんだなーとか、遺伝子運ぶという本能に振り回されてんだなーとか、いろいろ達観できるようになりますよ。

    もうなんか人知の及ばない世界って言うかね。

    そういう神妙な気持ちになるですよ。

     

    結局、誰かを好きで好きでたまらないのも、相手との欲に溺れてしまうのも、

    執着がひどくて崩壊してしまうのも、

    なんだかんだで、人間が動物的本能に突き動かされている証拠なわけで。

    だから、どうしようもなく止まらない恋心とかがあるんだよなーと。

    そして、その一方で、子供が絡むと、100年の恋も冷めたり、

    相手の男を憎んだり排除したくなったりもするんだよなーと。

     

    いろいろ考えちゃう毎日です。

     

    それにしてももう5年か・・・早いな・・。

  • お引越ししました

    このたび、「恋はいばら道」は3度目にしてたぶん最後(だと思いたい)のお引越しをしました!

    これを機に、アーカイブと本ブログを一本化。そして、NOTEやSNSへの入り口としてのサイト機能も持たせることにしました。

    初めてのwordpress、まったく使い方が分かってなくて、いろいろ見にくいなどの不具合あるかと思いますが、どうかご勘弁を~~。だんだん改良していきます!(まだスマホの画面がいじりきれずにどうしたもんかと頭抱えてる)

    ちなみに、NOTEでの発信や、恋愛相談は引き続き行います。

    あと、アメンバー限定記事はこれより非公開記事になりますので、いままでアメンバーとして読めてた方は、申し訳ないですが、NOTEの非公開記事をご購入の上お読みください。(すみません!)

    せっかく心機一転ブログも新しくなったので、またぼちぼち記事を更新していけたらなーと思います。

    今後とも恋愛部長をよろしくお願いいたします!

     

    恋愛部長

     

     

  • つきあってる彼と、私結婚できる?

    ご無沙汰しております。

    もうあっちゅう間に日々が過ぎていくね。(;´Д`)
    気づけばもう夏も間近ですがいかがお過ごしですか?
    さて、今日は、ふと思いついたこと。

    いま付き合っている人と結婚したい女子にとって、
    一番気になることって、

    「この人、私と結婚する気あるの?ないの?」ってことですよね。

    そして、それが聞けない場合ってのも、往々にしてある。

    私も若いころは完全それでしたねー。
    ちゅうか、35歳で別れた彼も、
    39歳で別れた彼も、
    結婚の話題を出すのは勇気が要った。

    その前の20代の彼氏たちは、まーったく、
    言えませんでしたね。結婚のけの字もね。
    _| ̄|○

    それだけ意気地なしの私なんですが。
    でも、女子としては、ホントに、大事な話。
    正直、結婚したい女子だったらば、
    結婚の意思のない男は、付き合ってもしょうがないです。
    一生棒に振ります。

    私の知り合いに、
    超自立した男性がいて、会社もついに独立しちゃったりして、
    素敵だけど、縛られるのは嫌いな男性がいて。
    その人は、結婚する気は昔から徹頭徹尾なかったそうです。
    そして、その彼とかれこれ10年も付き合ってる彼女は、
    いまたぶん30代後半、いや40代になろうとしているはずですが、
    結婚しない彼とお付き合いし続けております。
    そりゃ、結婚しないってことくらいの理由で、
    大好きで思い合ってて、
    うまく行っているパートナーと別れるのって、
    その渦中にいれば、バカバカしいことだし、
    絶対に無理!って思うと思う。

    そりゃそうだ。
    「結婚」という話題さえ持ち出さなければ、
    いつまでも二人はいっしょにいられて、
    自分は満たされ、さびしい気持ちはなく、
    安定していられる。

    彼以上に好きな人なんか、見つけることもできないだろうし、
    もう年齢的にも見つけに行く気合もない。
    そう思ってぐずぐずしてしまうこと、あります。

    私も過去、30代のころ思っておりました。
    ちょうど、会社の中での地位も安定し、
    稼ぎはほどほどあり、忙しくも生活は充実し、
    友人もたくさんいて、やりたいことも夢もある。
    そんなころでした。
    でも、今思い返せば、
    彼は結婚する気の全くない男で、(それは付き合ってるうちに判明した)
    いまだに結婚したって聞かないから、本気でそうだったんだと思うし、
    そんな彼といっしょにいる間を、ぬくぬくと過ごしてしまったことは、
    のちに、私の人生が追い詰められていく原因の一つだったんだと思う。

    でもまぁ、その時は、やっぱり彼とは結婚できたらいいな・・と
    私だけが妄想していて、
    彼はそんな私の想いが、重かったんだと思う。
    それがね、別にわかってて付き合ってたんならいいんだ。たぶん。
    上記の私の知り合いの彼女みたいに。
    もう人生に結婚なんて既存の制度はどうでもよくて、
    彼こそ私の還る場所だとわかっていて、
    自分もまた結婚したいと思わないなら。

    私の場合何がまずかったかって、
    私は勝手に、彼と結婚する夢を描きまくってて、
    (しかもかなり詳細に)
    彼の意志を確かめることをまったくしないまま
    夢見心地に過ごしてしまったってことだ。
    最終的に、ひょんなことから、
    彼が全然結婚する気なんかなくて、
    「結婚したいなら、他の人としてください。
    僕と別れるのも仕方ないです」って言われて、
    本気で衝撃を受け、思わず店で泣き出してしまったというくらい、
    晴天の霹靂でございました。(どんだけ呑気だ私・・・w)

    結局その彼とは別のことで喧嘩してあっさり振られてしまうんですが。
    それは後から思うと、良かったんだなと思う。
    でなきゃ、私いまだに彼と付き合ってて独身だわwww

    それくらい、別れる理由なんか私の側からは思い浮かばないくらいの
    最適な相性だと思えた彼だったので。

    で、くだくだ思い出話なんか書いちゃったけど、要するに。

    私は、結婚したいと思ってるのに相手に言い出せない、
    彼の結婚に関する考えや、
    私との未来についてどう思ってるか聞けないっていう、
    その私の側の態度に、そもそも問題があったんだと、今は思ってる。

    というのも、
    結婚て、ホントに相手との立場がイーブンである場合にのみ、
    うまく行くと思うんです。

    男が結婚したがってないのに、拝み倒して結婚に持ち込んだというカップルも
    良く見かけますが、大体、旦那の立場が上になって図に乗られ、
    奥さんがストレス抱えてたりします。
    (全部が全部ではないけど)
    結婚て、すごい大事なことですよね。
    人生のこれからをずーっと左右しちゃう。
    自分のキャリアも、居住も、資産も、何もかも。
    だから、本当に信頼し合っている間柄で、
    包み隠さず提示して、話し合える関係が理想です。
    それは付き合っている時から実はわかる。

    相手をついうかがってしまって、
    相手を見上げて、相手の方が立場が強いと思っている場合、
    どうしても、相手の真意を、言葉ではなく、それ以外の様子で推しはかろうとしてしまうものですが、

    それを、どんなに積み重ねても、彼の意志は分からないし、
    こちらの意図は絶対に伝わらないのです。

    だから結婚の話は、
    自分がしたいんだったら、どこかで彼の考えを知っておくべきだと思う。
    かといって、若い男性は、若いうちはまだ結婚を考えられなくても、
    そのうち突然周りの影響なんかで結婚したくなることもある。
    だから、いま聞いた話を、何年もずっと同じだと絶望することもない。

    大事なのは、
    自分がどんなビジョンを持っているかで。
    彼とどんな未来をつくっていきたいか、のビジョンを、
    彼と共有することだと思うんです。
    「今は結婚は考えられない。
    この先のことは分からないけど」と言われたんなら、急かさずに。
    「がんばってね。私も、結婚したらできなくなることを今のうちにいっぱいやろうっと」とでも明るく返す。
    あくまでも、結婚相手になる気満々で。(爆)

    いや、マジで。
    ここで変に勘ぐる人は、
    「結婚する気ないって、私とはってこと?!私に本気じゃないの?!」って
    どがーんと絶望するものですが。
    そこは、無邪気にふるまえる人が強いと思う。

    私はどっちかってーとネガに振れて、
    「私とは遊びなのー」って悶々とするタイプですが、(ダメじゃん)

    そこを疑わずに、ガンガン結婚に突き進める人は、サッサと結婚できると思うのです。

    とはいえ、
    「結婚はしたくない。(お前とは)」という場合もございます。(死)
    その場合は、後から「もっと早く言えよーーーーッ!!!!」と叫びそうになりますが、
    それはそれ。もうその場合は、後から叫びましょう。
    最初っから、そういうケースを疑心暗鬼して、
    つねに彼を問いただすようなことをすると、
    その行為自体が悪影響を及ぼして、結婚が遠のくこともありそうです。

    私の経験で言いますと、
    「結婚はしたくない。(お前とは)」と思ってる男性は、
    ほどなくして、疎遠になって行くか、
    ハッキリきっぱり、「お前とは結婚を考えられないごめん」とか言われますんで、
    その際にすっぱりあきらめるのが良いかと思います。

    まぁ何事も。
    「この人私に本気なの?どうなの?」なんて疑ってると、うまく行かないと思うんですよ。

    未来はつねに、前向きにとらえていないと、
    何もかもがネガティブな意味にしか読み取れなくなってしまうので。

    それよりは、無邪気に、
    その人との未来を楽しくする方向に発想し、行動し、
    二人の関係を積み重ねていく人が、結婚にたどり着ける。
    つね日頃から、
    彼の愛情を試すのではなく、
    彼との信頼関係をどんどん深めていく方向に、
    すべての労力を使うべきだと思う。

    そして、それを、彼と共有する、つまり、
    フランクに、オープンに、彼と未来の話ができる関係にあること、
    それこそが、
    彼と結婚することができる唯一の方法だと思います。

    たとえば、
    具体的に、「結婚したら、子供はどうしようか?」とか、
    「住むんだったらどんな家がいいかな?」とか、
    「私は結婚しても仕事は続けたいな」とか。
    そういう話をちゃんと事前にできること。

    それをいちいちはぐらかされたら彼は結婚を避けてるってことだから、
    たとえば、彼に、
    「結婚のことはどう考えてる?私はしたいけど」って伝える。

    そこをごまかして、
    「私はどっちでもいいよ。あなたのしたい方で」、とか無理しない!

    今すぐでなければ結婚したいって思う男性は多いと思うので、
    急かしたり無理に進めようとさえしなければ、
    そういう話を普段から持ち出せた方がいいと思います。

    私が付き合ってて、勝手に結婚のこととか妄想して、
    「無理~」とか「まだ結婚したくない~」とか大変失礼なこと考えてた
    20代の頃って、やっぱり、ホントに結婚する気はなかったし、
    彼にそれを話題として持ち出せなかった時点で、
    やっぱり関係性がそこまでのものではなかったんだなと。
    今振り返れば、そりゃそーだって、思っちゃうんですよ。(;´Д`)

    だから、いま、
    彼との結婚で勝手に自分一人で悶々と悩んじゃってるとしたら、
    それ、悩まずさっさと彼と相談したほうがいいし、
    クリアにできる部分はしちゃったほうがいいんじゃない?って思う。

    無言のプレッシャーとか、
    遠回しな結婚催促、
    男性からすると、よっぽど気が重いと思うんだな。これが。